29人が本棚に入れています
本棚に追加
サラッと俺を誘って来た。
サークルの合宿では、みんなでコテージに泊まりながら天体観測したり、語り合ったり、酒盛りして騒いだり、楽しかったのは覚えている。
OBOGも居るならば、懐かしさから行ってみたいとも思った。
その時期はちょうど会社の夏休みに当たる。
「多分休みだろうし楽しそうだけど、辞めとくわ」
「なんで?」
「うーん。まだ色々勇気でない」
「?」
涼太は俺の答えの理由を知らない為、首を傾げる。
そのサークルは、俺と咲子が出会った所。
合宿に使うコテージは、俺たちにとっては大事な場所だった。
あの合宿をきっかけに、俺たちは付き合い始めた。
当然、当時のサークル仲間は俺たちが付き合い始めたのも知っているし、応援して貰っていた。
そして、親友だったあいつも、同じサークルだ。
そんな所に、まだ足を踏み入れる勇気がない。
咲子とあいつが来るかもしれない所に、俺はまだ行けない。
咲子と別れてから、好きだった観測ももう辞めてしまった。
今はまだ、好きな事を心から楽しめる自信が無い。
「なぁ、休み中も家には帰って来ないの?」
涼太が俺の背中に聞く。
「同棲解消したんだから、もう帰って来ても良いんじゃない?」
それも、何とかしなければならなかった。
同棲が両親にバレた時、俺は大喧嘩した。
咲子とずっと一緒に居たい、そんな強い意志のもと、結婚が決まるまで実家の敷居は跨がないと決めていた。
でも、それもなくなった。
「…余計に帰れないだろうが」
意志を貫けなかった俺は、実家の敷居を跨ぐ事はもう許されないだろう。
俺自身、そんな中途半端な状態が許せなかった。
「とにかく、涼太は俺の事は良いからな。心配すんな」
それから、俺たちは無言で歩き続けた。
最寄り駅まで着くと、俺は涼太に声をかけた。
「気をつけて帰れよ。ちゃんと合宿仕切って来い。みんなに宜しくな」
「兄貴、」
「あと、次来る時は必ず連絡しろよ?ちゃんと話は聞くから」
じゃあな、と肩を叩き、そのまま踵を返して走り出す。
あいつは、俺の事を好きだと言った。
でも、それは勘違いだと思う。
ただ、俺がたった1人の兄弟だから。
家族の愛を勘違いしてる。
愛されて生きて来たからこそ、愛する事を知らない。
あいつには幸せになって欲しいと、兄としては願っている。
俺の生き方に、お前は巻き込めない。
最初のコメントを投稿しよう!