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そもそも、俺は五十嵐家の敷居を跨ぐ権利など、最初から存在しなかったのだと思う。
咲子と別れたのも、親友と離れることになったのも、何かの導きなのだろうと妙に納得する。
まるで、1人で生きて行くように促されているようだ。
誰にも迷惑をかけず、一生を過ごしていく。
俺に大事な物は、あの日に全て無くなった。
真実を知った、あの日に。
でも、大切な物を持っていても良いんだと、あいつに教えられたような気がした。
それから、世界が少し優しく見えた。
最近になって気付いた。
その考えは幻だったのだと。
楽しかったと感じていた時間は、錯覚だったのだと。
幸せだった夢から目覚めたのは、咲子とあいつに裏切られたあの時。
それまでの俺は、あいつにとって滑稽な奴だったろう。
哀れな俺を、親友と言う肩書きを使って隣で励ましながら、いつも心の中で馬鹿にしていたのだろう。
あの時、咲子と俺のベッドに居たあいつは、俺の顔を見て笑っていたのだから。
一度でも、幸せなんか知らなきゃ良かった。
楽しかった日々なんて、いらなかった。
こうなる人生ならば、最初から1人でいれば良かった。
そうすれば痛みを感じることもなく、強く生きられたのに。
今はもう、何も考えたくなかった。
弱さを振り払うかのように、俺は勢いよく夜の街を走り抜けて行った。
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