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「―っ、ふざけんのもいい加減に」
「ふざけてない」
俺の頬に触れた優しい唇。
「好きだよ、和樹」
『好きだよ、和樹』
幾らか低くなった声が耳元に囁きかけ、身体がビクっと震える。それを切っ掛けに、過去の記憶が呼び戻されようとしている。
「…思い出した?あの日の事」
「―お前っ!」
「俺はずっと忘れなかったよ、5年間で一度もね」
…何故、忘れていたんだろうか。
否、忘れていたかった。思い出したくなかった。忘れて、何事もなく過ごしていたかった。無かった事にしたかった。
…何故なら、俺たちは血の繋がった兄弟なのだから。
俺が一人暮らしを始めようと思った切っ掛けは、こいつの存在だった。
当時俺は高校3年生、涼太は中学3年生。かなりギリギリで大学が決まった俺と、推薦で楽々と私立高校に受かった涼太は、卒業式までの日々をもて余していた。
…と言っても、頭の良い涼太とは違い、俺の進路は前日に決まったばかり。暇人1日目である。卒業式までの短い期間、俺は今までの苦しい受験期間とは正反対に、だらだら過ごすと決めていた。
TVを見ながらソファーで寝転ぶうちに、うとうとと眠気に襲われる。
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