使えない部屋

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 贅を凝らした調度品に触れなくても手触りが良いと分かる絨毯やカーテン。一体この部屋の総額は幾らなのだろうと移動に歩くたび豊姫は冷や汗が出る。  彼女の服は普通にブラウンの丸襟チュニックブラウスに黒のパンツを合わせている。最初はこの部屋に似合いのドレスも用意されていたがそこは豊姫が全力で丁重にお断りした。 「……落ち着かない。」  ここに来てからというもの毎回丸テーブルとセットの木製の椅子に腰掛け硬直しながら本を読んでいることが日課となっている。毛足の長い絨毯を踏まないようにだ。  もともと家に帰れば惰眠を貪る生活を送っていて特にやることはないから良いのだが、何もしていないのに初日の次の日には筋肉痛になっていた。この微妙な緊張状態のせいに違いないと豊姫は思っている。 「とっよきー、いい加減こっち座りなよ。」  雅ことミスリルは白い軍服のような服を着てふかふかのソファにだらしなく座り隣をべしべしと叩いていた。豊姫は勢い良く首を横に振った。 「汚しちゃうよ、そんな綺麗なソファ。」  重厚感溢れるチョコレートブラウンの三人掛け革張りソファは手触り良く座り心地も抜群だ。だが、豊姫はほとんどこのソファに座わったことがなかった。そんな勇気がない。いつも頭にちらつくのは弁償の二文字だ。  いや、あんな状態になっているカタルカが気にするとは思えなかったが豊姫は気になった。何人寝るんだと聞きたくなるような広く豪華なベッドも美麗な寝具も、使う度胸がなくてミスリルに元の家からこっそり普通の布団を持ってきてもらって床に敷いて寝ていた。  ミスリルは呆れていた。  とにかく豊姫にあてがわれた部屋は彼女にとって使えないものだったのだ。  そんなある日のこと、いつものようにカタルカが仕事の合間に豊姫の部屋にやってきた。つい身構える豊姫に彼はにこりと今日も麗しく笑う。彼は真っ黒な中世の西洋王族のような格好をしていた。 「やあ、豊姫。君はこの部屋が使えないらしいね。どうも遠慮しているようだと聞いたよ?」  椅子に座ったまま本を持って硬直した豊姫に気にした様子もなく自身で椅子を引いて腰掛ける。そして丸テーブルに毎回持参する育児書を置いた。  思わず豊姫の頬が引きつる。  ちなみにタイトルは『お父さんのための育児~今からでも出来るわが子との過ごし方~』だ。豊姫は思う、対象年齢を確認して下さい、と。
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