第1章

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スッと白い手が、コーヒーのかかった手を掴んだ。 ふわっとハンカチがかぶさり、「半分座らせて」となずなさんが体を押し当て 椅子の面積を半分確保する。 気が動転してしまい体が硬直する。コーヒーをふき取りながら 「ごめんね、ちょっとやりすぎちゃった」と申し訳なさそうに優しく話しかけ てくれた。 「い、良いですよ、これくらい、今に始まった事じゃないですし」 「ふふ、うん、ありがと」なずなさんはそう言って俺の手をそっと握る。 また気が動転しそうになるが、そっと握り返す。ほのかに甘い香りとゆったり と柔らかく感じる重さが心地良い。 ふと、こういうことはもう一生ないと思っていたような気がした。 でも今はそんな事どうでもいい。ずっとこのままでいたかった。 「あ~ぁ、早く人気者になって売れてくれないかな、あるふぉんすくん」 なずなさんのはりのある声が聴こえる。 「売るつもりだったんですか・・・」 「もちろん」 キラキラした瞳でなずなさんは続ける。 「ティータイムを素敵に演出してくれるし、悪者が来たときは身に着けて一緒に 立ち向かう、一石二鳥の目玉商品だからね!」 「いやいや、言葉の使い方間違ってますよ・・・」 「もう、また間違ってるって言う」 少し膨れた感じで言い返す顔はとてもかわいい。のろけている自分に気付き、 平静を装おうとして、ふと疑問に思ったことを口にした。 「なずなさん」 「ん?」 「その、あるふぉんすくん、売れていなくなっても大丈夫なんですか?」 「・・・大丈夫じゃないよ」ふっ、と笑みをこぼし答えた。 「だったら・・・ずっとそばに置い」 「ダメだよ」 最後まで聴かず、少し強めの語気で意思のこもった返事を返された。 お互いの手が離れた。 なずなさんの雰囲気が変わり、戸惑ってしまった。少しの沈黙後、またいつも のはりのある声が聴こえる。 「商売人として!」 「え?商売人?」 「そう!商売人として、ずっといてほしいけど、売れてほしい。この ジレンマを持つことが大切なのよ!きっと!」 グッとこぶしをにぎるなずなさん。 「は、はあ・・・」 いきなり商売人の心得っぽいものを宣言されあっけにとられる。 でもいつものなずなさんの雰囲気にほっとし、ふと視界に自分のコーヒーが 入る。そういや飲んでなかったな。手を伸ばし良い具合に冷めたコーヒーを すする。うっ、・・・にが。 「・・・えい」
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