第1章

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すっと、コーヒーに角砂糖を2個放り込まれた。 「あっ!」と声を上げても中に入った瞬間に、すぐほろりと崩れ溶け、 二度ととりだすことはできない。 「はい」と優しい声でマドラーを手渡された。 渋々受け取り、ゆっくりとかき混ぜる。 少しマドラーを回す手が重く感じる。 黒く渦を巻く水面が異世界へと続く入口のように思えた。 「大樹」 優しい声に、はっとする。いつのまにか手が止まって、ぼーっとしていた。 なずなさんの顔を見ると、早く飲んで、と言いたげな、いたずらで楽しそ うな視線を注がれる。 一瞬にして気持ちが軽くなった。自分の単純さに恥ずかしくなる。 しょうがないから飲みますよ、と目で伝えながらコーヒーを口に含む。 「どう??」 「・・・美味しい・・・かも」 勝手に砂糖を入れられた手前、素直に言いにくかった。 そんな俺の心理を見透かしているのか、なずなさんは笑いながら「我慢しちゃ だめだよ?」と楽し気に語り掛けてくる。 「べ、別にそんな事ないです」そう言ってコーヒーをカウンターに置いた。 「え~?そうなの?」 「はい」 「でも美味しかったんだよね?」 「・・・はい」 「美味しい方が好き?」 「・・・はい」 「そっか~!じゃあ明日も2個入れて一緒に飲も!私も2個入れたコーヒー 、大好きだから」 「は、はい」 「明後日も、明々後日も!」 「えっ?ま、まあ、は、はい」 うんうん、と頷きながら、すっ、となずなさんが俺の耳元に顔を寄せた。 「私がいなくなってもだよ」 「・・・え?」 突然の言葉に気付き、振り向くと、両肩がふわっと温かくて白い両手に 包まれた。 優しくてほのかに香る甘さに心をくすぐられながら、重ね合わせる。 時間と意識の感覚が気持ちよくぼやけて、ゆっくり目を閉じた。 初めてのことなのに、なぜだろう、どこか懐かしく感じていた。ずっと 待ち望んでいた気がした。それに、もう一生・・・まただ、今も これからも、そんなことどうでもいい!小さな不安を消すように、 なずなの体を両手でぎゅっと包み込む。 白い両手もそれに合わせるように俺を引き寄せた。 なめらかでやわらかい感触に身も心も委ねる。このままで良い、これか らもずっと。両手に力を入れ、今よりもふみこもうとした時、口に涙が 溶け込んだ。両手の力が抜けていく。 なずな・・・? ゆっくり開けた視界に、なずなの涙が通り過ぎていく。
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