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 運命の――ただしカラダのだが――相手は会社にいて、しかも妻子持ちで、誘いもしないのにわたしのアパートまで付いてきて結局抱かれる。  相手にわたしと別れる気が毛頭なく、更にわたしも他に相手がいなかったから、擬似恋愛みたいな関係が続く。  色々と考えなければわたしはそれなりに幸せで、相手から転勤を告げられた日には泣いたものだ。  もっとも二人の関係はそれで終わらず、子供の教育関連で単身赴任だったため、月に一回か二回のわたしとの付き合いに支障が生じず、笑ってしまう。  相手との社内不倫については誰からも注意されたことはないが、何人かの人間にはバレていたはずだ。  相手の妻が気づいていないようなので、それだけはありがたかったが、それでもキリキリという胸の痛みはずっと消えない。  相手の妻とも子供とも現在に至るまで会ったこともなければ写真を見たこともないが、それだけに夢に出て来るときが怖くて、例えばデパートの買い物客がいきなり振り向き、 「ねえ、あなた」  と問うのだから堪ったものではない。  子供は性別も何人いるのかも知らないので入れ代わり立ち代りに目の前で泣かれて辟易する。 「だって初めに誘ったのはアンタたちのパパなのよ」  と叫んだところで意味はない。 「だって、だって、だって」  と子供が泣き続けるばかりだ。  もちろんわたしが目を覚ましさえすれば彼と彼女たちは音さえ立てずに姿を消す。  けれども後味の悪い記憶は何時までも残る。  もっとも、そうはいってもわたしは不倫相手と結婚したいと思ったことが一度もない。  この恋は擬似の恋でわたしのカラダのためだけなのだ、と妙に醒めた自分がいたからだ。  実際相手に妻と別れてわたしと結婚したいと切り出されても、わたしは拒絶したはずだ。  それでただ関係だけがズルズルと続く。  親と姉妹を除けば、その時点でわたしの裸体を知っていたのは不倫相手だけ。  そんな気恥ずかしさと共存する安心感が、わたしに別れの言葉を言わせなかったと今ならわかる。  だから別れも相手都合だ。  不倫相手が会社を変え、新しく入った先が海外展開を進めていて、国外転勤が決まったとき。
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