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 最初の印象は魚だ。  人に向かって魚と思うのは失礼かもしれないが、夢と同期してしまったのだろう。  それは鹿山という苗字の看護婦で、アルトの声が素晴らしくきれいで、すぐにわたしのお気に入りとなる。  よく見れば結構可愛い顔立ちをしているので魚とは思えないはずだが、ふと気づく。  目と目の間が離れているのだ。  それで見る角度によって魚になる。  魚の顔を持つ看護婦だ。  彼女のいない夜中に昔読んだホラー漫画を思い出し、後ろ髪を捲った後頭部に口があったらさぞ怖いだろうなと妄想する。  目覚めていたから良かったが、夢で見たなら、かなりぎょっとしたことだろう。  入院して頭が可笑しくなってしまったようだ。  次々と投与される薬のせいかもしれないし、後頭部を打った後遺症なのかもしれない。  一旦意識が戻り、その後手術され、麻酔か鎮静剤で朦朧としている状態で医者に訴えると、 「CTの結果では異常ありませんから」  との返答。 「しかしまあ、様子を見ないとわからないところもありますから、何か感じたらその都度仰ってください」  口調が丁寧で爽やかな笑顔のイケメン医者だ。  わたしの手術を担当した筆頭ではないが、その後のわたし係となっている。 「鴻上先生はまだ独身なんですよ。お気に召されたのなら、思い切って告白してみたらいかがでしょう」  鹿山看護婦は言うが、わたしには『彼を気に入った』と彼女に話した記憶がない。 「ああそれは、きっと朦朧とされていたんですよ」  問うと事も無げにそう返す。 「大丈夫ですよ。他の人には言いませんから」  以来、滅多に話題にもしなくなる。  目が合えばいつでもにっこりと笑いかけてくれるので、その笑顔の方にわたしは余程釣り込まれる。 「あら、嬉しいわ。女同士の方が暮らしやすいとも言いますからね」  話したつもりがないのに鹿山看護婦からそんなふうに言葉を返されると、わたしは自分の思考が外部にだだ漏れになっているのではないかと不安になる。  若い頃に興味があって調べた統合失調症(当時は精神分裂病)の『みんなが頭の中を覗き込む』と言う症状が頭に浮かぶ。 「わたし、こちらの病院にご厄介になる前は精神科専門のクリニックに勤めていたこともあるんですよ。でも、そういう印象はまったくありませんから」  自信を持って口にして直後目を細めて笑う。
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