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日本では知らないが、アメリカなどでは否定されているはずのプレコックス感を引き合いに出した説明だろうか。
プレコックス感とは、統合失調症の患者と面と向かったときに医者が感じる何となく嫌な感じのことだ。
一九四一年頃にオランダのリュムケという精神科医が提唱している。
患者の病の種類を初期判断するのに有効な概念だったと記憶しているが、関連雑誌を読み漁ったのは高校生の頃だ。
だから今では記憶も曖昧模糊。
「松原さんは精神科のお医者様になりたかったのですか」
「いえ、ただの興味ですよ。高校生の頃って、いよいよ自分が凡人だって気づく時代じゃありませんか、その慰めです」
「松原さんは凡人なんですか」
「ああ、それは凡人でしょう。普通に会社員ですし」
「だって理系じゃないですか」
「それを言ったら看護婦さんだって理系じゃないですか」
「どうなんでしょう。看護学校の授業には数学、生物、化学なんかがありましたが、今では体育会系と記録係の印象ですね。高校までは文系でしたし」
「そうなんですか」
「松原さんは発明とかもされているんでしょう」
「あれは仕事の一環ですよ。大手の社員と比べれば大した数もない」
「ご謙遜を」
「いや、本当。それに運にも恵まれましたからね」
「運に恵まれたならば、それだけで凡人ではないでしょう」
「いえ、凡人ですよ。もしかしたらそういう環境にいない人たちから見れば凄く見えるのかもしれませんが、違います」
「松原さんはやっぱり遠慮深い方なんですね」
「あの、いえ、決してそういうわけでは」
会話自体は頓珍漢だが、鹿山看護婦と一緒の空間にいるとわたしは愉しい。
まだ良く回らない首を回して彼女を盗み見、至福を感じる。
時々心臓がドキドキするので殆ど恋だ。
でも彼女とのセックスは想像できない。
夢に出てきたときにはどうなるかと思ったが、夢と気づかずに目を覚ましてみれば、ただ食事をしてお酒を飲んだのみ。
男性経験は豊富ではないが、事情があって見当がつく。
だが女性とどうすれば良いのか、見当も付かない。
それで頭を抱えて悩んでいて、ふと気づく。
やはりわたしは頭が可笑しくなってしまったのではないだろうか、と。
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