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「なんだ、思ったより元気そうじゃないか」
最初に面会にやって来たのは同僚だ。
「全治一月近いと聞かされて、さぞ惨い状態でいると想像したのに、まあ良かったな」
「お生憎さま」
わたしはそう応じようとするが、口が思うように動かない。
それでフニャフニャとした発音を返す。
するとそんなわたしの様子を見た同僚が、
「ああ、無理しなくていいから」
と心配する。
「こっちが勝手に喋るから、黙って聞いていればいいよ」
と続ける。
ああ、それならば、返事がしたくなるような言葉をかけるな、とわたしは強く心に思うが口にしない。
「ありがとう」
フニャフニャ語で返しただけだ。
「いいから、いいから、黙って、黙って。元々市子さん、口数の多い方じゃないし」
それはアンタと話しても愉しくないからだよ、とわたしは言わない。
黙って小さく首肯くだけだ。
わたしはとても気が弱い。
それと反比例してプライドだけは肥大している。
主としてそのことが原因でわたしは他人との会話が苦手だが、社会人になってから他人にそれを説明したことはない。
わざわざ説明しなくても、わかるヤツにはわかるだろうというスタンスだ。
「松原さん、突き飛ばされたんだってね。怖いねえ。世の中には酷いことするヤツがいるねえ」
わたし自身にはっきりした記憶はないが、現場検証の結果ではそうなるようだ。
背中に衝撃を感じたことだけを憶えている。
今では暗渠だが、昔は上水が流れていて、その堤だった部分と合わせて長い公園になっている地域が事件現場。
通常の道より三メートルほど高くなった公園の堤の部分を歩いていたわたしが後ろから何者かに突き飛ばされ、土が盛られた暗渠上の叢の中に転がり落ちる。
背骨とか顎とか身体の重要部分は無事だったが、脚と腕を骨折する。
擦傷/切傷も無数にある。
堤の下部が地震や災害で崩れ落ちないようにコンクリート補強されていて、そこに強か頭を打つけたので転倒落下直後には大きな瘤があったそうだ。
今ではない。
……と言うより、気づいたときには引っ込んでいる。
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