第1章

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誰もいない、薄暗い場所までたどり着き足を止めた乙川は、俺に向き直る。 「あの、……あー、さっきの、」 言いにくそうに途切れながら何かを伝えようとする乙川。 だがしかし、俺には人の心の声が聞こえる。 誰の物かは解らないけれど、でも、今、この場には俺と彼しか存在しない。 よってこの声は彼の物に決まっているのだけれど、それを俺は信じたくない。 『さっきはありがとう!美術館推してくれて! 俺も絶対行きたいって思ってたんだよー! でも言えないじゃん?だからね、誰か言ってくれないかなって思ってたの! あのポスターのうさぎすごい可愛いよね!俺ああいうのすっごい大好き! でも俺男だし、こんなんだし、馬鹿にされそうだから誰にも言えなかったんだけど、大塚君は笑ったりしなそうだし、気が合いそうだし仲良くしたいなーって思ったんだ!って言いたい……!』 なんだこれ。 話し合いの時にもふもふ動物見たいよーとか考えていたのは朝日奈さん……ではなく乙川で。 あれ?じゃあ……? 『どこでも一緒だろ、さっさと終わんねぇかな』 『めんどくせーし、どこも行きたくねえよ。サボりてえ』 『つーか話し合いもダリィ』 そんな事を考え、最後の方は呪詛のように呟いていたのは……朝日奈、さん……? ……本音と建て前は誰にでも存在している。 それは解っているし、もちろん俺だってそうだ。 でもあまりのショックに思わずポカンと口が開く。 彼女とフラグを立てるどころか、好感度は恐らくだだ下がりだったろうな。 彼女から俺へのも、俺から彼女へも。 そんな事を考えている間に、しどろもどろになりながらも心の声と同様の事を乙川は俺に伝えた。 「……ああ、うん、いいよ」 頭が真っ白なままそう答えた返事で後日、狂犬の親友というあだ名をつけられるようになるとは、この時の俺はまだ知らない。 ……神様か悪魔か知らないけれど、こんな能力を授けるならせめて、相手の性別ぐらい解るようにしてください。 乙川との友好度だけが上がる以外何も起こらない宿泊研修を過ごしながら、俺はそう思った。
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