緋碧ノ娘

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* 「アムル」 夜の湿った風が窓から流れ込む。 ランプの火と共にカーテンがふわりと揺られる中、柔らかく、透き通る声が部屋に伝った。 部屋の主が驚いて辺りを見回す。 「貴方、前に言っていたわよね。 人は遺伝子の関係で、特徴というのが表に出る人と出ない人が居ると。 だからもしかしたら、私の肌が青紫なのも、髪が黄色なのも、目が赤いのも、特徴が出たからなんじゃないかって。 私達は皆、同じ人種で、島の中の人も、島の外のまだ知らぬ大陸の人たちも、同じなのかもしれないね、って…」 部屋の主──緋碧ノ国の王子──アムルが蒼とも碧とも取れる瞳で、部屋の角、ランプの火がぼんやりと届く位置に立つ愛しい娘を見つけると、驚きから腰掛けていたベッドから慌てて飛び降りる。 「君…っ、どうしてここに…っ」 娘が柔らかく微笑みかける。 「そしてこうも言ってたね。 だから皆で笑い会える世界が、あったらいいね、って。 私、そんなアムルの優しくて温かい心が大好きよ。 だから…、そんな貴方にこんな話をしなければならないこと、とても苦しい…」 娘が王子の方へと歩み寄る。 緋色と碧の長い服がゆらりと、娘の結われた長い髪とともに揺れる。 娘は伝える、王の心を、企みを。 何故自分が今、緋碧宮でなくコノ城に居るのか。 自分は何者なのか。 そして、自分は貴方を助けたいのだ、と。 王子が目を見開いて驚く。 今まで見たことのない表情だった。 途端娘の心を強く悲しみが締めつける。 信用を失くすかもしれない、恐れられるかもしれない。 好きな人からそう想われることはすごく辛いけど、好きな人も、好きな人の大事にしている国も、失いたくなかった。 恐れてはいけない、どんな大きなモノが来ても。 そう想い、娘はまだ折れていない、アカーナ神の剣をきゅ…っと握り締めた。 「未来から、過去へと渡ってきた。 アカーナ神から与えられた、“時を巻き戻す力”を使って」 そう告げた娘の痛い程のまっすぐな姿を見て、王子は目を閉じ、一呼吸おいて告げる。 娘の肩を強く、両手で抱き、娘の目を見て。 「君を信じる!」 娘の驚く目が、ランプの光に当てられて宝石のように煌く。 娘にしかない心を読む力を、王子は持ってはいないけど、途端娘に嬉しさと涙がこみ上げてくるのが分かった気がした。 「行こう! 君と共に!」
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