第一章 黒腕の剣銃士

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   クラウスが意識を手放した頃から見ておよそ一時間程経った頃。全身をじんわりと汗で濡らし、血で汚れたフィーネがうさぎの洞穴の前まで走ってきた。周囲を行き交う人々の視線は幾度となくフィーネへと向けられるが、取り繕う余裕もなく疲労困憊し震える体に鞭を打ち、宿の木製の重たいドアを開ける。  一番最初にフィーネの姿を見たのはシルフィだった。フィーネの衣服や手が血塗れで、汗だくなのだ。普通ではないと判断したシルフィだが、カウンターに備え置きされているタオルをフィーネへと渡し、話を聞こうと問い掛ける。 「いらっしゃいませ。どうなされたんですか? 何か、事故でも?」  出来るだけ冷静に対応するシルフィだが、渡されたタオルで体を拭く訳でも何かを喋る訳でもないフィーネに畏怖すらを覚えるシルフィだが、フィーネがタオルに指を置き何かをなぞるようなジェスチャーを見せた。  シルフィが何を伝えたいのか分からないと、すっかり困り果てたところへ宿のドアが鈴の音を鳴らして開かれる。  鈴の音を鳴らし入ってきたのは買い出しに行っていたのか、ナイロン袋に様々な食材が入っている重たそうに持っているセリアだった。  フィーネはセリアの姿を確認すると安堵の表情になり、シルフィに見せたようなジェスチャーを見せる。 「お母さん! 紙とペン!」  フィーネのジェスチャーに気がついたセリアはカウンターに立つシルフィへと大声を張る。シルフィもセリアの言葉によってジェスチャーの意味を理解した。  シルフィが紙とペンをフィーネに渡し、セリアはシルフィへ買ってきた食材を渡す時にフィーネが自分を守ってくれた人だと耳打ちで伝える。フィーネは渡された紙に“酷いケガをしてる男の人がいる。助けて”と書いた。書き出される内容を見守るように見ていたシルフィの表情が曇り、セリアは慌てだす。 「それって黒い髪の人!?」  セリアの言葉にフィーネは縦に首を大きく振る。この大陸では黒髪はとても珍しくクラウスの黒髪は際立って目立つ。地域によっては黒髪の人間を寄せ付けないといった風習を持つところもあり、童話等でも黒髪の人間は悪者だという説が残っているものもあるのだ。
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