三味線猫が鳴く

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 ぺチッと柔らかな何かが頬に触れた。  重い瞼をゆっくり開けると、そこには丸い顔の三毛猫が覗き込んでいた。頬に肉球を押し付けるようにして。  なんだ、猫か。  んっ、猫なんて飼っていたっけ。ぼんやりする頭で記憶を巡らせてみたが、答えはNOだった。野良猫でも入り込んだのかもしれない。とも思ったがありえない。施錠はしっかりしたはずだ。 「起きてくださいな。旦那さん」  ――旦那さんだって。俺は独身だ。まったくどこの猫だ。あれ、猫がしゃべったのか。  時守彰俊は、徐に上体を起してすぐ横にいる猫を見遣り固まった。  ――こいつは、猫なのか。おかしな姿をしているぞ。三味線を背負っているような……。  目を擦ってもう一度よく観察すると、背負っているわけではなかった。完全に三味線と一体化している。三味線の胴の部分から尻尾と手足が生えていて、棹の付け根部分の鳩胸と呼ばれるあたりに猫の顔があった。こいつはどう考えても物の怪の類だろう。付喪神なのかもしれない。  ああ、そうかまたか。いずれこいつと関わるってことだな。夢のようなおかしなことが夜中に起きると、必ず依頼人が来る。そういうことだ。チラッと時計に目を向けると、午前二時を回ったところだった。丑三つ時とは、不思議なことが起こりやすい。 「旦那さん、聞こえていますか」 「ああ、旦那じゃないが聞こえている」 「あ、そうですか。では、えっと」 「彰俊でいいよ」 「はい、では彰俊様。小生は三味線でして。どうにも面白い能力が開花してしまったようなんです。他人を操れるという面白い能力をね。今日は挨拶だけでもしておこうかと思いましてお邪魔した次第であります。どうぞ、お見知りおきを」  恭しくお辞儀をして猫であり三味線でもあるおかしな奴が、スッと暗闇に吸い込まれていった。 ***
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