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依頼人が来るはずだと、どこも出掛けずに待っていた。それなのに、なんの音沙汰もない。
「ふん、まったく誰も来ないではないか。阿呆の言うことを信じたおいらが悪いんだな。いや阿呆で唐変木なおまえが悪い」
――俺は阿呆でも唐変木でもない。口の減らない奴だ。
「なんだ、反論しないのか。そうか愚かだったと認めたのか」
「うるさい時歪。依頼人はいずれ来るさ」
「そりゃそうだろう。いつかは来るだろうよ。けど、おまえは今日来るはずだとその口が申したのだぞ。その口は嘘つきの口か」
――腹立つ奴だ。絶対にこいつには口では勝てない。無視だ。ああ、もう陽が沈む。今日は来ないのだろうか。
そのときメールが送られてきた。沙紀からだ。時歪には見られないようにしないとな。何を言われるかわからない。
「沙紀だ。来るのか」
アキがいつの間にかスマホを覗いていた。
「おお、沙紀が告白しに来るのか」
――なぜ、そうなる。そんなわけがないだろう。いや、あったら嬉しいけど。
彰俊はかぶりを振り、「相談があるようだ」とだけ口にした。
「んっ、相談? そうか、彰俊が告白してくれなくて悩んでいるっていうのだな」
「違う」
「なんだ、おまえは好きなんだろう」
「トキヒズミ、その話はいいからやめろ。なんか祖母が大事にしていた三味線のことで相談があるらしい」
彰俊は、顔が熱くなるのを感じつつ話題をどうにか変えてやり過ごした。
「ほほう、三味線か。ということはおまえが見た夢の三味線は沙紀のところのものなのか。ということは、栄三郎が来ることはないってことか」
「たぶんな。もしかして祖父ちゃんに逢いたかったのか」
「そんなことはない」
時歪はぷいとそっぽを向いてしまった。
「沙紀、来る。沙紀、来る。沙紀、友達」
アキが微笑んでいる。そんなに沙紀のことが気に入っていたのか。けど、アキの笑顔は知らない人が見たら不気味で恐怖を感じるだろう。知っていても背筋に悪寒が走るくらいなのだから。無表情でいたほうが可愛いかもしれない。そんなことを思っているなんてアキが知ったら落ち込んでしまうだろうな。胸の内にしまっておこう。
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