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黒岩の叱責は続く。
俺は会社の大切な情報を無くしてしまった動揺と日々蓄積された疲れもあって、上手く頭が回らなくなっていた。
俺はいつもそうだ。
大事なことに限ってミスをする。選択を間違える。
高校で入る部活動も、受験先の大学も、友人関係も、そして就職先を選ぶ時でさえも、ありとあらゆる選択を間違えてここまできてしまった。
そして今回も同じだ。
大事なデータの入った手提げ袋を網棚に置かなければよかった。
そもそも、昨日もいつも通りに会社に残っていればよかった。
家に帰ってゆっくりやろうなんて思わなければよかった。
「黙ってんじゃねえぞ村田和希ぃ!!」
黒岩は痺れを切らしたかのように俺の名前をフルネームで怒鳴りつけた。
村田和希。
男にしてはめずらしい「希」という名前の漢字には、希望を持って日々を過ごしてほしいという願いが込められていると母親に聞いた記憶がある。
その願いに反して、希望を持って過ごせた日なんて一日だって記憶にない。
いつも後悔ばかりしている。何か失敗するたびに、「あの時ああしていればよかった」と反省してはまた同じようなことを繰り返す。
“時間を巻き戻すことができればどれだけいいか”と幾度となく思ってきた。
黒岩の叱責に何も言い返すことができずにただ黙っていると、黒岩は勢いよく席を立ち鬼の形相でこちらに歩いてきた。
殴られる覚悟をして俺はギュッと目を瞑った。
そして昨日の過ちを悔やむのと同時に昨日に戻りたいと強く願う。
当然戻れるはずはないのだが、それでも昨日に戻って昨日をやり直したい。
こんなことで会社をクビになってこの先どうする?
俺みたいな今年30歳になるさえないやつを雇ってくれる会社なんて他にあるのか?
こんな会社でも今クビになれば人生が大きく狂ってしまうはずだ。
“頼む! 昨日に戻ってくれ……!”
心身ともに疲れがピークに達しているのだろうか。
どんどん気が遠くなっていく――。
「――おい! 村田! これ明日の打ち合わせで使うからな」
黒岩の声で俺は目を覚ます。
気付くと俺は自分のデスクに座っていた。
あれ、さっきまで応接室にいたはずだが……。
「送ったデータ、今日中にまとめておけよ」
「は、はい」
黒岩の指示にとりあえず返事をする。
周りを見渡すと同じ営業所の社員がいつも通りの日常を送っている。
時計はちょうど午後の2時を指していた。
頭がぼーっとする。
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