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悲鳴を聞いた隣人の誰かが警察に電話し数分後にはパトカーがサイレンを鳴らしながらこちらに向かってくるはずだ。
そして俺はいつも通り警察が到着するギリギリまで黒岩に天罰を下した余韻に浸る。
この瞬間の達成感、充足感、満足感に何度も酔いしれる。
今までの人生では感じることのできなかったこの心地良さのために、俺は何度も黒岩を殺してきたのかもしれない。
遠くからパトカーのサイレンが聞こえ俺は現実に戻る。
そろそろ、時間だ。
いつも通り、これまで何度もやってきたように黒岩を殺す前に時間を戻す。
――そのはずだった。
目を閉じ、まだ会社を出る前の自分を強くイメージして“戻れ”と念じる。
それだけで戻れたはずなのに。
再び目を開けたときの光景はさっきまでのものと何も変わらず、目の前には黒岩の血だらけの死体があり、すぐ近くでは女が腰を抜かしてガクガクと震えていた。
……時間が戻っていない。
俺はもう一度目を閉じて、そして懇願する。
“戻れ! 戻れ! 戻れ! 戻れ!”
何度心の中で叫んでも時間が巻き戻される感覚は一向に訪れなかった。
「なんでだよぉ!! 戻れ! 戻れ! 戻れ!」
「動くな! 包丁を地面に置け!」
気が付いた時には何人もの警察官が俺に拳銃を向けていた。
「戻れ! 戻れ! 戻れ! 戻れ!」
俺は包丁を地面に捨て頭を両手で抱えながら叫ぶ。
あれだけ自由に何の代償もなく時間を巻き戻してきたのだ。
時間が戻らなくなることなんて想像もするはずがなかった。
「取り押さえろ!」
ほんの一瞬で体格のいい数人の警察官に手足を拘束される。
俺が人を殺してそれで捕まるなんてことはあり得ない。
だって、殺す前に戻ってしまえば俺は人を殺していないのだから。
パトカーの後部座席に無理やり押し入られ2人の警察官に両脇をがっちりと固められる。
なぜ急に時間が戻らなくなる?
あの力は突然消えてなくなってしまったとでもいうのだろうか。
誰よりも過去に戻りたいと強く願い、ようやく手に入れた力なのに――
ふと坂口の顔が頭をよぎった。
……いや、そんなことはあり得ない。
その後も何度も祈り続ける。
戻れ、戻れ、戻れ、戻れ…………。
戻ってくれ……。
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