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――――
――
「……お願い、します……。ほんの、少しでいいんです……。
あなたの血を、私に、飲ませて、ください……」
もし、この台詞を吐いた相手がものすごい美少女とかだったら、俺も少しは考えたのかもしれない。
しかし目の前に立っているのは見るからに弱りきった、しょぼくれたひとりのおっさんだったわけで、そんな気持ちが芽生える事はなかった。
「…………」
試しに、近くに落ちていた石を拾い、おっさんに投げつけてみる。
しかしおっさんは、もはやそれを避ける体力もないのか、普通に頭部に直撃し、「ひゃん、いたいっ」という弱々しい声を漏らしただけだった。
――泣きそうな顔をしている、おっさん。
その腕には、なんの意味があるのか、『ナメたらダメだよ♪』という意味不明の文字が書いてある布が巻いてある。
俺は、眉間にしわを寄せた。
「おっさん、本当に吸血鬼なのか?
すげえ弱いじゃねえか」
「そ、そんなひどい事、言わないでくださいよぉ……」おっさんは、ぶんぶん首を振った。
「吸血鬼と言っても、別に、みんながみんな強いというわけではありませんよ。
そりゃ……確かに強い吸血鬼もいますけれど、それは、人間だって同じでしょう。弱いやつも、強いやつも、います。
吸血鬼が全員強くて凶暴なやつら、というのは、人間方が勝手に創り出した想像でしょう」
「……」
言われてみれば確かに、俺は今まで吸血鬼などというものとは会った事はないし、もちろん見た事もない。
吸血鬼は容姿端麗で、マントを羽織っていて、空を飛べて――という漠然としたイメージを抱いていたが、こういう弱そうな吸血鬼がいてもおかしくはないか、と納得した。
とりあえず、俺は何も見なかった事にして、身体を翻し、おっさんに背を向ける。
「待ってくださいよっ……!」おっさんは、枯れた声を出した。
「あなた、今の話聞いていたでしょう?」
「なんだっけ」
「そんな、イジワル言わないでください。
私は、血が飲みたいんです。この姿を見ても、分かるでしょう。弱りきっているんです。
ほんの少しでいいんです。せいぜい400とか、そのくらいでいいんで」
「充分多いだろ。冗談じゃねえ」
「じゃあ、380」
「同じだバカタレ」
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