冬の夕暮れ

1/1
前へ
/1ページ
次へ

冬の夕暮れ

 日が暮れる前にと、犬の散歩に出かけた。  冬の日暮れは早いから、四時を過ぎれば辺りはもう薄暗い。完全に暗くなる前に、早く早くといつものコースを回る。  その途中、飼い犬のコンが足を止めた。  何か遠くを見ている。耳がぴくぴくと動いて、微かに唸り声を上げだした。 「コン。どうしたの?」  名前を呼び、様子を窺うけれど、こちらを向こうともしない。ただ低く唸りながら遥か前方を見据えている。  同じ方向を見てみるけれど何もいない。  いったいどうしちゃったんだろう。  首を傾げた瞬間、コンが私の前に出た。  ワンと一声吠える。そのすぐ後、今度はキャンと悲鳴を上げた。 「コン?!」  慌てて窺うと、コンの鼻先から赤い雫が滴った。血だ。コンの鼻先が切れて血が滴っている。  何が起きたのか判らず、おろおろと辺りを窺っていると、またコンがワンと吠えた。  その瞬間、地面に不思議な光景が見えた。  散歩のルートに立ち並ぶ電柱。夕暮れの日差しを浴びて長く影が伸びている。  その一本がぐにゃりと揺れて私達に近づいたのだ。  影が迫ってくるのを見た瞬間、私は反射で後ろに退いた。一緒にコンも飛びのく。 「…コン、帰ろう!」  叫んでリードを引くと、さっきまで頑なにその場に留まっていたコンが走り出す。その足元に長く伸びる影が迫ってきたけれど、それを振り払うように、私達は全力でその場を走り去った。  この日以来、私はコンの散歩のルートを変えた。普段もあの道は極力通らないようにしている。  それでもどうしてもあの道を通らなければならない時には、いつも足元に気をつけている。  電柱の影に近寄らない。万が一影が寄って来たらすぐ逃げる。  あの道を通る時はいつもそれを心がけている。  特に冬の夕暮れ時は、影がどこまでも長く長く伸びるから、捕まらないよう心を砕く。 冬の夕暮れ…完
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加