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冬の夕暮れ
日が暮れる前にと、犬の散歩に出かけた。
冬の日暮れは早いから、四時を過ぎれば辺りはもう薄暗い。完全に暗くなる前に、早く早くといつものコースを回る。
その途中、飼い犬のコンが足を止めた。
何か遠くを見ている。耳がぴくぴくと動いて、微かに唸り声を上げだした。
「コン。どうしたの?」
名前を呼び、様子を窺うけれど、こちらを向こうともしない。ただ低く唸りながら遥か前方を見据えている。
同じ方向を見てみるけれど何もいない。
いったいどうしちゃったんだろう。
首を傾げた瞬間、コンが私の前に出た。
ワンと一声吠える。そのすぐ後、今度はキャンと悲鳴を上げた。
「コン?!」
慌てて窺うと、コンの鼻先から赤い雫が滴った。血だ。コンの鼻先が切れて血が滴っている。
何が起きたのか判らず、おろおろと辺りを窺っていると、またコンがワンと吠えた。
その瞬間、地面に不思議な光景が見えた。
散歩のルートに立ち並ぶ電柱。夕暮れの日差しを浴びて長く影が伸びている。
その一本がぐにゃりと揺れて私達に近づいたのだ。
影が迫ってくるのを見た瞬間、私は反射で後ろに退いた。一緒にコンも飛びのく。
「…コン、帰ろう!」
叫んでリードを引くと、さっきまで頑なにその場に留まっていたコンが走り出す。その足元に長く伸びる影が迫ってきたけれど、それを振り払うように、私達は全力でその場を走り去った。
この日以来、私はコンの散歩のルートを変えた。普段もあの道は極力通らないようにしている。
それでもどうしてもあの道を通らなければならない時には、いつも足元に気をつけている。
電柱の影に近寄らない。万が一影が寄って来たらすぐ逃げる。
あの道を通る時はいつもそれを心がけている。
特に冬の夕暮れ時は、影がどこまでも長く長く伸びるから、捕まらないよう心を砕く。
冬の夕暮れ…完
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