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轟々と死が流れていた。虚無だ。そこは何もない世界だ。それがぼくの存在を流そうとしていた。
急に、ぼくは怖くなった。冷たい水に呑まれようとしている自分が、陽がさす世界からいなくなる自分が、痛みのない世界へ逃げようとしている自分が、とてつもなく怖くなった。
カノジョの握る手を、ぼくは振り払った。
その時にはもう足が届かないほど、河の水は深くなっていた。ぼくは水のなかでケンケンしながら、必死で岸を目指した。
カノジョが眼を閉じたまま、河の激しい流れに呑まれていった。
轟々と流されていった。やわらかな黒髪が、やさしい微笑みが、温もりのある手が、轟々と流れる河に消えていった。
全身を濡らして、ぼくは部屋に逃げ帰った。布団をかぶって、眼を閉じた。
怖かった。たまらなく怖かった。カノジョは河に流された。ぼくは逃げたんだ。カノジョから逃げたんだ。急にカノジョが怖くなったからだ。
翌朝、ニュースを観た。カノジョが溺れ死んだと思ったからだ。
でも、それは報道されなかった。それで、ますます怖くなった。罪悪感で夜も眠れなくなった。
次の日も、次の日も、カノジョの溺死体は上がらなかった。
当然だ。カノジョはぼくの想像の産物だからだ。そう自分を納得させるのに一ヶ月かかった。
そうして、ぼくは変わった。学校へ行くようになった。
死よりも怖いものはないと知ると、イジメも苦にはならなかった。
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