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むしろ憐れんだ。人の人生を踏みにじる者に憐憫を感じて、ぼくは自分の人生を必死に生きた。
世の不条理を嘆いていた未熟な心を脱却して、自発的に社会に貢献する精神を養った。
大人になっていく日々で、カノジョの記憶を奥底に封印した。
孤独な少年が逃避した、幼き日の残像と割り切った。
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そうして、ぼくは少年から大人になった。人を救う人間になりたいと、消防士を目指す道に進んだ。
それは最初の人工呼吸の訓練だった。
プールの横にダミー人形を置いて、訓練生が順番に心肺蘇生法を試すのだ。
突然、訳もなく悪寒が走った。訓練をパスしようと列を離れようとすると、
「次、ミノル!」
呼び止められて、振り返るとそこにはカノジョがいた。
河に流されたはずの、ぼくのつくった幻のカノジョがそこにいた。
あの日のままに、眼を閉じてやさしい微笑みで、カノジョが横たわっていた。それはカノジョそっくりのダミー人形だった。
「こ、この人形は……!?」
ぼくは怖じ気づいた。恐怖に凍りついた。
長い睫毛の閉じた眼も、やさしく微笑む唇も、何もかもカノジョにそっくりだった。
「どうしたミノル、早くせんかっ!」
教官にどやされた。
冷や汗をかきながら、ぼくはカノジョそっくりの人形に唇を近づけた。今にも何かを喋りそうな唇に。
ギュッと眼を閉じて、恐るおそる唇を降ろしていく。
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