プロローグ

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『ルピナス、もしこの先、お前がどうにもならないような危機に瀕した時は、この俺の名を呼べ。世界のどこにいても駆けつけてやる──必ずだ』  辺境の村に若者が望む働き口はなかった。少女には、幼なじみがいた。幼少時より騎士を志す兄のような少年に倣うようにして剣を覚えた。  かくして時は流れ、成長した二人はそれぞれ別の道を進んだ。  少女は西へ、彼は東へ──  二人が道を分かつその時、彼は少女に向けてそう言い残した。    ルピナスが気付いた時にはもはや手遅れだった。もたれ掛かっていた大樹の幹を取り囲む無数の影。それも、一つや二つどころの話ではない。  斧や槍を手ににじり寄る屈強な追跡者達。顔は深く被ったフードに隠され、見えない。統率の取れた動きは、蛮族のような荒くれ者とは訳が違っていた。  ルピナスは唇をきつく噛み締めた。相手は自分の位置を把握していた。感傷に浸っていた時間が、彼らに追い詰める時間を与えてしまっていた。  ルピナスも階級や武勲こそないものの兵の端くれ。そう簡単に命をなげうったりなどしない。  が、それでも多勢に無勢、劣勢は変わらない。  いやだ、死にたくない。こんなところで。  恐怖は現実の死を速まらせるだけだ。  はらはらと熱いものが頬を流れていく。剣を握ろうと柄にかけるルピナスの手指は小刻みに震えていた。  気付けば、ルピナスは無我夢中に叫んでいた。もう何年もの間、話どころか顔すら見ていない彼の名前を────    
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