第1章

12/49
前へ
/49ページ
次へ
 でも、今は芽実には森のくまがある。それに、芽実には言い難いが、実の親子ではなかったので、俺は何も求めていなかった。でも、俺は芽実に、感謝はしている、愛情も持っている。  遠い昔、正月には、芽実は実家に帰っていた。安廣は医者の当番があるので、芽実は一人で帰る。俺は他人であるのだ。もちろん家に置いてゆく。芽実の気持ちもわかる。安廣が居なければ、俺は芽実の両親に責められる。でも、一人残された子供が、どんな生活をしていたのかは、誰も知らないだろう。暗い家の中で、いつ帰るのか分からない、帰っても疲れて眠るだけの人を待つ。  家に居ても寂しいので、一人で公園で遊び、片隅で眠ってしまったが、深夜を過ぎても、誰も気が付くことがなかった。目が覚めた時の、公園の真ん中にあった蛍光灯の光と、途方もない孤独から、俺は今も逃れられていない。 「芽実さん、今度は自分の子供を育ててください」  他人であるので、互いに遠慮してしまう、そして互いに傷付くだけなのだ。  だから、他人でいい。森のくまの、店主とバイトの関係が、一番良いのだ。 「森のくまのバイト料では、アパートは辛いよ」  それが、人探しで金を得てしまっていた。 「他でも働きます」 「そんな時間はあるの?」  安廣が、珍しく食い下がっていた。 「……そうやって安廣は、妹も追い込んでしまったのよね。で、子供ができたも、生まれたも、実家に連絡がなかった」  祖母のきつい口調に、安廣が項垂れる。 「はい……ただ祝ってやれば良かったと、幾度も後悔しましたよ……」 「では、この話はおしまい。楽しく食事をしましょう」  祖母は、よく仕切る。そして、祖父は置物のように静かになっていた。 「一弘君、彼女はいるの?」  祖母、俺の正面に座っていた。上品で、食べ方がとても上手い。壁に掛けてある絵を背に、まるで貴族のようであった。真っ白な髪に、白い肌をしていた。 「おりません。産まれてから今まで、彼女はおりません」  多分、居ないだろう。彼女に似た関係の者はいたことがある。 「あら、もったいない。こんないい男なのにね。でも、同学年だと、貴方は幼いかしら。生まれがね、四月一日ですものね」  よく喋る。でも、喋りながら、綺麗に食べてゆく。俺は、集中してもナイフとフォークが、滑ってしまっていた。 「クラブ活動は、何かしているのかしら?」
/49ページ

最初のコメントを投稿しよう!

33人が本棚に入れています
本棚に追加