第1章

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「入っていません。中学に入った時から、朝の三時から七時までパン屋、夕方五時から九時までパン屋です」  下働きから仕込み、その他もこなせるようになってきた。最近は、新作を狙っている。時間を言うと大変そうだが、途中で休憩も入る。 「夜学の生徒さんのようね……それ、毎日なの?」  芽実が、慌てていた。俺は、強制労働させられているわけではない。 「いいえ、土日は、朝三時から十一時までパン屋、洗濯等を済ませ、夕方五時から九時までパン屋です。俺、パン造りは楽しいので苦にはなりません」  日々、洗濯の時間が課題であった。風呂に入りながら洗ってはいるのだが、中々乾かない。乾燥機もあるのだが、洗濯し、乾燥するまで待っていると、眠ってしまう。 「……確かに、彼女どころか、友達付き合いも無理そうね……」  基本、友達は作らない。言えない事が多すぎる。友達なのかは不明だが、琥王が例外になっただけであった。 「はい、でも、問題ありません」  安廣が、改めて俺の睡眠時間を計算していた。芽実は、日中休んでいるのだそうだ。 「ああ、だから一弘君、一分待たせると眠っているのだね」  安廣は、疑問が解けたとばかりに、笑顔になっていた。この天然でなごやかな雰囲気は、とても貴重なものであった。 「安廣、ちょっと無理があるみたいね。まるで、ブラック企業よ、これ。改善しなさい。芽実さん、子育ては、したい時にしたいだけでは済まされないものよ。自分の子供ではなく、ただの同居人の子供であったの?もう少し、大切にしてあげてね」  いや、大切にして貰っている。俺が反論しようとすると、安廣が首を振っていた。 「はい」  消え入るような芽実の声であった。 「俺も、一弘君のことは、どこか人間の子供ってことを忘れてね。赤ん坊の時は、家に一人で置いておくわけにもいかず、車のトランクに寝かせて、仕事をしていたりしていたからな……休憩の度に、様子を見ていたりしてね。ミルクをやったり」  忙しい中で、育ててくれて本当に申し訳ない。でも… 「……犬猫でもしませんよ、それ」  赤ん坊を、車で飼わないで欲しい。 「ある日、他の職員に見つかり、虐待になりますよと忠告されて、保育所を探したりしてね」  虐待の前に、よく死ななかったものだと思う。駐車場、夏は暑く、冬は寒い。芽実が見かねて手を貸したというのが、よく分かる。これで、安廣は小児科の医師だ。
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