第1章

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 だから、これで教室に帰ってもいいだろうか。とても眠いのだ。 「俺は無記名が嫌い。非難するならば、堂々と来い」  謝っただけで、非難ではなかった。俺がスタスタと教室に帰るとすると、琥王が慌てて腕を掴んだ。 「帰っていいのか?あれ、薬師神のことだよな?」  でも、あとは本人の自由であろう。 「薬師神!」  他にも幾人か、クラスメートや隣のクラスの連中が、俺の前に立ち塞がった。 「何?」  やはり、クラスメートを見捨てて?帰るというのは、非人道的な行為なのだろうか。 「俺の名前も分かるの?」  ん? 「渡部 眞一郎だよね」  他にも数人、名前を聞かれた。名前を憶えていなくても、名札のように魂に刻まれているのだ。 「そっか、名前を呼ばないのは、案外シャイだからだったりして」  いや、必要がなかっただけだ。 「早く着替えようぜ」  いいのか飛び降りを無視していて。俺の方が慌ててしまった。 「名前、憶えていてくれたから、飛び下りは中止だそうだ」  琥王が、溜息をついていた。 「何か、俺が問題を起こしたかのような溜息はやめてくれ」  琥王は、再び溜息をついた。 「薬師神が、あんまりにも分かっていないからさ」  そうか、俺は、神が個を認識しないことに腹をたてた。クラスメートも、俺が個を認識しないことに、腹が立つのか。 「少し、理解した」 「ならば、いい」  琥王に、教育されている気分であった。  洲永はその日は早退となったが、次の日からは普通に通学していた。  金曜日の放課後、久し振りにえんきり屋を尋ねてみた。桐生が定着していれば、俺はもうここには来ないつもりであった。  店内に入ると、新しい店員が増えていた。アイドルのような顔立ちの、高校生のような年齢だった。だが、性別が分からない。 「……塩冶さん、あれもしかして」  塩冶は、またぬいぐるみを生命体にしていた。 「リスと、こぐまのぬいぐるみが……」  塩冶は懲りていない。世界の粛清が、どのようなものなのか、塩冶は理解していないのだ。全てを正しい姿に、あるべきものを、在るべき姿に。粛清は、その源である塩冶を含む。 「俺?怒るな。ぬいぐるみが、桐生に触発されて、勝手に姿を変えた!」  トレーで頭を隠す塩冶は、とても年上には見えない。しかし、実は、俺よりも十歳程、歳上であった。 「リスが少年、こぐまが少女になった」
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