第1章

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呼び止められて、振り返るとそこには帽子を深く被った男が立っていた。 面識はない。 ただ直感が状況を伝えた。 「分かるな?」 オレは腹部に硬い棒状の物を押し付けられた。 見なくても分かる。 オレはゆっくりと頷いた。 「殺すのか?」 「どうされたい?」 「どうしたい?」 「時効まであと二十四時間なんだ」 フフフとその男は笑った。 「面白い事を言うな」 「そう言うのは仕事だけにしているつもりだ」 「なるほど。普通、逃亡者は闇に紛れて生き延びる」 腹部に当たる筒がさらに強く押し付けられた。 「でもお前はその逆を行った。なかなかの度胸だと感心するよ。でもな、組織に生きた人間は組織から逃れられない。分かっているな?」 「嗚呼」 「そろそろ終わりにしようか。何か言いたいことはあるか?」 「一つだけ頼みがある。今からあのテレビ局で収録があるんだ。年末の特番」 「で?」 「放送は年明けになる。田舎の親に最後の孝行をさせてくれないか?」 オレはテレビ局に入った。 いつもの様に楽屋へと向かい、先輩の出演者から順に挨拶をする。 「今日もよろしくお願いします」 「ヨロシク!」 「よろしくお願いします!」 「いい感じで振るから、どんと笑い取ってよ!」 「ヨロシクです」 「コッチもヨロシク。シゲはこの後も収録なの?」  オレは「空いているよ」と仲間の芸人に伝えた。 「久しぶりに呑みたいなぁ」 と同期故の親しみでその芸人が言った。 「じゃあ、呑む? なんなら後輩にも声かける?」 「イイねぇ。何か年末ってしんみりするよなぁ」 オレは微笑んだ。 路地裏に横たわる男はもう発見されただろうか。 「まだ終わる訳には行かないんだ」 オレはピストルの引き金を強く引いた。 乾いた音が街中に響いた。 オレは幾つもの角を曲がり、裏通りからテレビ局へと入って来た。 ここでまだ死ぬ訳には行かない。オレにはもう一つやり残していることがある。 収録は予定通りに進んだ。 終わったのは、日付の変わる頃で、出演者たちともそこではけた。 「聞いたか?」 「何を?」 仲間の芸人が囁く。 「そこのビルの脇で男が銃殺されたんだってよ」 「知らなかった。怖いな」 オレは確信した。 まだ男は発見されていない。 ネット記事にも出ていない。それはオレが何よりわかっている。
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