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◇
「こちら馬刺定食とソースカツ丼になります」そう店員さんが運んで来た料理、馬刺定食は僕のでソースカツ丼はすみれのだ。
記憶を無くしても、頼む料理は変わらない事に少し驚いた。
明治亭内の客は平日だからだろうか、それほど多くは無くまずまずの入りであった。
すみれの服装は、紺色のスキニーに白い無地のtシャツ、その上から黒色のパーカーを羽織っており、一見するとボーイッシュな感じである。
「頂きます」と二人、割り箸を割って言う。
僕は仕事の疲れからか、いつもより頭が回らず、すみれとの会話も訊いてはいたが上の空な有り様だ。
「疲れてますね」と言ってすみれは僕の顔を覗く。
「歴史のプリント作成が中々終わらなくてね...今日も強引に終わらせて来た。後少しなんだけれどね」
「歴史の先生をやっているんですよね...?」
「うん...話したっけ?」
「お見合いに来て下さった時に、話していましたよ」そう言ってすみれはお味噌汁を啜(すす)った。
「そうだったかな...そういえば、すみれ今日は仕事?」と僕は馬刺を頂く。
「明後日から仕事です。店長が念の為と言って、後一日休みをくれました」
「羨ましいなぁ、仕事ほったらかして珈琲飲みに行っちゃおうかな」
「止めて下さい」とすみれは少し笑った。
すみれは高校の頃から、喫茶店の店員に憧れており、高校を卒業し短大を出た後、地元の中川ではなくそこから車で約30分程度の駒ヶ根の『らいおん』という喫茶店へ就職を決めた。
駒ヶ根は僕の地元でもあるし、僕も駒ヶ根のとある高校で仕事をしていた為、すみれと同居の話も上がったが今となってはそれ以前の問題である。
窓の外を見ると、風が時たま梵(そよぎ)、竹林のザワザワァと言う音が訊こえる。
「お味噌汁、無くなるの早いね」と僕はお椀の中のお味噌汁が無い事に気が付いた。
「個々のお味噌汁は美味しいですからね、いつもすぐに無くなってしまいます」
「まだカツ丼そんなに残ってるのに大丈夫?」
全然問題ない、とでも言う様にすみれはどんどん食べ進めて行く。僕はと言えば基本少食なので既にグロッキー気味だった。
すると不意を打たれた様にふと、すみれが言葉を発した。
「そういえば...個々へ永野くんと来るの久し振りですね」
僕は思わず箸を止めたー。
「.....!久し振り?」
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