第1章

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 振り返った先に、奴はいた。 とても恐ろしい相貌をしていた。  首から下は普通の制服を着ている。ブレザーにスカートという格好と、綺麗な素足から察するに少女なのだろう。  だが。  顔が、クマだったのだ。 とは言っても生々しいクマの顔、というわけではなくてマスコットキャラクターが被るような大きなクマの形をした被り物をしていた。  悪い冗談だと思った。 信号が赤になって何気なく後ろを振り返ってみただけなのに変な奴がいるのだから。 俺は青になったので横断歩道を渡り、素知らぬふりを決め込むことにした。  関わったら厄介なことになると踏んで、あくまで平静に平常心を着飾って歩を進める、と。  スタスタスタスタ。  スタスタスタスタ。  俺のペースに合わせて付いてくるのが分かった。  マジかよ。  どれだけ歩いても奴は付いてくる。 いやもしかしたらもうとっくにいなくて別の人の足音と勘違いしてるのかも、と思ったが振り返って確認する勇気はなかった、というかもし次奴と目が合ったらその時は厄介ごとに遭う瞬間だと思う。  だから振り返らない。 振り返らないで。    ダッシュした。  全速前進する。  流れる景色がまるで放射状に伸びて滝のように、視界を横切っていくような感覚に囚われながら疾駆する。  その俺の激走に、 「ふっふっふっふ!」 「つ、付いて、来たぁぁぁああぁぁぁ!」  こ気味良い呼吸音と地を蹴る足音が聞こえ、俺はついに後ろを振り返ってしまった。そしたら案の定奴はいた。  ヤバイヤバいやばい!  足音は次第に近づいて、奴が加速しているのが分かった。  一方俺はスタミナの底を感じ、追いつかれると悟った。  次の一手を打つ前に奴は、 「追い、抜いたぁぁぁ!」  奴は俺を横切ると数メートル先で走るのを止め、勢い余って地面を滑ると左足を軸にして体の向きを転換、俺と奴が顔を合わせる形になった。  そしてヨロヨロと疲れて速度を緩める俺。もう逃げないと悟ったのか仁王立ちで俺が来るのを待っていた。 「な、何なんだよ一体」 「あなた、落し物をしていませんか?」  俺は奴と会話できる距離まで詰め寄って、八つ当たり気味に、てゆうか当然の当たりをして真意を訪ねた。  意味もなく付いてくる愉快犯な可能性が十分にあったが、しかし俺の予想に反して奴は逆に尋ねるのだった。  落し物はしていませんか、と。
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