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呼び止められて、振り返るとそこにはいつも『ソイツ』がいた。
子供の頃のボクは『ソイツ』が怖く、『ソイツ』の影を見るたび泣きそうになりながら必死に逃げた。けれど、どんなに早く走っても、何度振り切ろうともがいても、振り返ればいつも『ソイツ』はそこにいた。
大人になって、気づけばボクは『ソイツ』に呼び止められなくなっていた。
そうして、次第次第に『ソイツ』の存在を忘れていく。けれど、ある時ふと思い出し、来た道を振り返れば変わらず『ソイツ』はそこにいた。
そしてボクは成長し、親になり、孫を見て、少しずつ少しずつ年老いる。長年連れ添った妻を亡くし、1人になると久しぶりに『ソイツ』が声を上げた。
「もういいのかい?」
ボクの肩へ手を置いて、『ソイツ』はそう問いかける。
ボクはゆっくりと頷いた。
「ああ。十分生きた」
振り返ると、黒装束に大きな鎌を持った変わらない『ソイツ』の姿があった。
『ソイツ』はボクへ優しく手を差し伸べる。
ボクもほほ笑んで『ソイツ』のことを受け入れた。
そして、
「さようなら。ありがとう」
ボクはこの世に別れを告げる。
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