林檎幸福論

12/32
前へ
/34ページ
次へ
ずるずると蕎麦をすする音がワンルームのわたしの住処に響いた。食べ終わったら、七時半頃だった。葉露ちゃんを拾ったのが五時半。この子と一緒に二時間、緩やかに殺されている。 「あれ、葉露ちゃん、林檎は?」 「……どこかに行っちゃった」 「あらら……」 「……いいの。大切なものじゃなかったし。あのね、わたし、家に帰る」 「うーん……」 視線を落としたら、葉露ちゃんの崩された足が見えた。お風呂に入ってやっと綺麗な桜色の爪に戻っていたのに、正座していたせいでまた少し青くなっている。紺色のワンピースは葉露ちゃんの顔色を青白く見せる。 「夜遅いし、泊まっていけば?」 うー、と葉露ちゃんは唸る。迷っている、のだと思う。緩やかな思考。退屈。憂鬱。緩やか。 「……泊まって、いく」 葉露ちゃんの返事に、わたしは緩やかに笑った。          * ぴっちょん、とゆっくりと雫が洗面器の中の水の中に融合していった。それをタイル張りの風呂場の床に全部捨てて、わたしは狭い脱衣所に出る。
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加