林檎幸福論

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八月の中旬、お昼の十二時頃。太陽がギラギラと照っていた。タクシーがなかなか来なくてイライラする父の影がゆらゆらと揺れていた。夫である父の見送りにも来ない母のことをわたしは思い出していた。 十二時頃、というのは母の信仰するカミサマにお祈りを捧げる時間である。だから母は来なかった。 「おっ、やっと来たか」 ぶるるるる、と苦しそうな音を立てながらタクシーがやって来た。大荷物を抱えた父が手を振る。 「ねぇパパ、」 「じゃあ葉露はちゃんといい子にしてるんだぞ」 「……うん」 自分の影をじっと見つめた。父がタクシーに乗り込む音がした。首筋がじりじりと太陽に焼かれた。ぶるるるる、とタクシーが走り去る。あまりに暑かったのでわたしは木陰にてくてくと歩いた。 なんだかとても死んでしまいたかった。 死にたい、という言葉の軽々しさをとても嫌っていたのだけど、わたしは確かにとてもとても死にたかった。あーあ、とため息をついて木の根本に座り込んだ。 母がわざわざわたしを迎えに来るはずもないのに、わたしは母を待った。
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