林檎幸福論

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くるりとした焦げ茶のひとみで、女の子はわたしの住処のマンションを見上げる。ずいぶんと長々と見上げるものだ。ちょん、と軽く手を引っ張ったら、素直に歩き出した。薄い水色のワンピースが木枯らしにばたばたと煽られた。 わたしの住処のマンションは階数がやたらと多くて、十五階まである。しかしエレベーターがない。だから、こんな、平々凡々な社会人五年目のわたしが、十五階の部屋を借りれる。十五階まで登るのは億劫。 わたしにとってはただ億劫な階段は、女の子にとってはひどく大きな壁となる。途中からひどくゆっくりとした足取りになった女の子を、わたしは背負って十五階まで登りきった。 かちゃん、と手のひらの中で鍵が回った。わたしは鍵を持ち歩かない日々を送ったことがない。小学校一年生の頃から鍵っ子で、鍵を首からぷらんとぶら下げてランドセルを背負っていた。 「どうぞ、入って」 「ううん、わたし、他人さまのお家にお邪魔する訳にはいかないと思う」 「ああ、そうか……」
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