林檎幸福論

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「それ、は、なぁに?お洋服?」 「そう。たぶんサイズは合ってるはず……葉露ちゃんは八歳?」 「うん。今年で小学校三年生になりました」 歳を聞かれたら学年も答える、というルーチンワークに則った口の動きを葉露ちゃんはわたしに見せる。なりました、という敬語もひどく棒読みだ。 「そうか……ええと葉露ちゃんは今、夏休み?よね?お母さんとお父さんは?」 「お屋敷です」 ルーチンワーク。お母さんとお父さんは?お屋敷です。これもルーチンワーク。棒読み。ちょこんとした正座。ヒトサマのお家には入らない。ルーチンワーク。 「そっか……とりあえずこの服でいいかな。着替え……るんならお風呂入った方がいいか。うん、葉露ちゃんからお風呂入ってきて」 「いいえ、みらいさんからどうぞ。わたしは後でも構わないので」 「ううん、わたし今からご飯作るから、その間に入ってきて。こっち」 服を適当に見繕って、わたしは立ち上がる。ダンボール箱の奥には新品の下着類も入っている。十二月の始めに洗濯してるし、このまま着ても大丈夫だろう。 お風呂には入りません、帰ります、と言わない女の子の手を引いて、わたしはお風呂場に向かう。
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