林檎幸福論

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          * しゃあぁ、とシャワーの音がし出したのを確認して、わたしはちいさなキッチンに向かう。わたしがここにいるのにこの家にもう一つ存在がある。初めての感覚だった。 ジャガイモの皮を剥いて、細く切って水に浸けた。とん、とん、玉ねぎを切る。蕎麦は買ってきたので、蕎麦の汁とかき揚げだけ作ってしまうつもりだった。いつもの癖で玉ねぎの半分をサランラップに包んで冷蔵庫に仕舞って、ああ今日は二人分作らなきゃいけないと思いが至る。 子ども、一人分。玉ねぎの半分をさらに半分に切る。 昆布と水を鍋に入れてコンロの火を付ける。ぼんやりと眺めているうちに沸騰しだす。昆布を取り出して火を止めて、お得パックの鰹節を一掴み投げ入れる。 意外だね、マメだねー、と鰹節と昆布を買うわたしを見て同僚が目を見張りながら言ったことがある。別に、祖父母の家で育ったから、お出汁を顆粒状のそれに頼る文化がないだけだ。 それに今はもう、祖母に習ったお出汁の取り方もだいぶ端折るようになってしまっている。本当は一晩かけなきゃいけないのに、一時間程度で取るようになっている。
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