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「1」氷華
天気は良好。涼しい春の面影は風に乗って私に伝えた。開花を感じさせる花々の初々しい香り。そして雨上がりで乾き始めのアスファルトの匂い。
「なんか、いいな」
うまく言葉に出来ない朧気な感想に飽き飽きしながら、私は歩を進めている。
目指すべきは森矢神社。それから反転して学校へ、その途中で紗枝木家に停止。頭の中でカーナビゲーションが動くように矢印で進むべき道を案内している。
「それにしても眠い、...昨日の今日だからか?」
昨夜は柚葉の誕生日だった。
あいつとも遊んでかれこれ長い付き合いになるが、私がこの街に引っ越して来てからはなんだか変な事件に巻き込まれすぎている気がする。昨夜の柚葉の慰め騒動から、百合菜と解決したクラスの...
まあそれは小学生の時だし良しとしよう。新学期初日から思い出すべき話ではない気がする。
あれやこれやと考えを巡らせている内に、気が付けばそこはお目当ての森矢神社だった。頭のカーナビはしっかりと働いていたらしい。
「おーい百合菜ー」
鳥居を超えて、格式張った建物を抜けていく。境内社、本殿。神社の作りはよく分からないが、いつもはデカイ鈴をからんからんして願いを言うあの場所に百合菜はいつもいるだが。今日は百合菜の姿が見えない。
まあ多少遅れることもあるだろう。人間なのだから。私はその辺の石階段に腰掛けると、空を見上げた。
澄通った青空。手を伸ばしても伸ばしても掴めない流れゆく雲の群れ。
春。だけど思い返すは夏の空。私が百合菜と出会ったあの日も、こんな綺麗な空に包まれていた筈だ。
上を目指すことをやめ、何かと競う事を諦めたあの日。
まずは相手の事を。自分の事は二の次に。そんなモットーを掲げたあの日。
どんな日も空は青く広がっていた。
「...あれ。何してんだあいつ」
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