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桜が舞い散る。
君が笑う。
桜川はとても長い。
長くて、寒くて、花冷えだ。
「ほら、手を出して」
僕が手を伸べるのに躊躇しても、夜の闇に紛れ、手を取ってしまう。
君はいつも僕の先を行く。
「………君は、本当に………」
「何だよ、朝日」
「いや、何でもないよ」
こんなに簡単なことなのに、僕にはとても難しい。
それが君には出来てしまうのだから、僕には画期的だった。
まるで薄暗い灯火の世界に、電気の発明が灯っていくように。
新発見の喜びが僕の胸に溢れていった。
「夜桜、綺麗! ね、朝日?」
「そうかい。僕はとても怖くなるよ」
君の目に、この世界は割と綺麗で素敵に見えるらしい。
憧れてしまう。君の世界に。
僕の世界は、そんなに綺麗なものなんかじゃ、なかったから。
「怖いの?」
「桜の木の下には死体が埋まっているって言うだろう?」
「それを言うなら、安吾でしょ」
「ああ。もう満開になっているか。そうだな。安吾だな」
「ね。おんぶして頂戴?」
君は笑う。
くじいてもいない足を、やけに痛そうに擦って、笑う。
「僕がここで君をおんぶするってか?」
「私はこんな淋しいところに一っときもジッとしていられないヨ。お前のうちのあるところまで一っときも休まず急いでおくれ。さもないと、私はお前の女房になってやらないよ。私にこんな淋しい思いをさせるなら、私は舌を噛んで死んでしまうから」
坂口安吾、桜の森の満開の下、だった。
変なことは良く憶えている。
君は、自分の興味があることにしか、興味を持たない。
全く、君の世界は君の興味でしか動かない。
ただ頭が良いだけの僕には、完璧な世界(パーフェクトワールド)は遠い。
遠くて、憧れる。
君が望めば、僕は山賊にだってなれるのだけれど。
「よしよし。分った。お前のたのみはなんでもきいてやろう」
山賊はこの美しい女房を相手に未来のたのしみを考えて、とけるような幸福を感じる。
こんなに気が合って、食べ物の好みも近い、話題が合う。
相性が良い、全てにおいて完璧な二人。
「桜、綺麗」
「そうなのかも、しれないな」
僕達は鬼だ。
とても幸せで、それでいて狂った、完璧な世界で生きる、鬼。
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