1、この頭は遥かなミサキの夢を見る

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 桜が舞い散る。  君が笑う。  桜川はとても長い。  長くて、寒くて、花冷えだ。 「ほら、手を出して」  僕が手を伸べるのに躊躇しても、夜の闇に紛れ、手を取ってしまう。  君はいつも僕の先を行く。 「………君は、本当に………」 「何だよ、朝日」 「いや、何でもないよ」  こんなに簡単なことなのに、僕にはとても難しい。  それが君には出来てしまうのだから、僕には画期的だった。  まるで薄暗い灯火の世界に、電気の発明が灯っていくように。  新発見の喜びが僕の胸に溢れていった。 「夜桜、綺麗! ね、朝日?」 「そうかい。僕はとても怖くなるよ」  君の目に、この世界は割と綺麗で素敵に見えるらしい。  憧れてしまう。君の世界に。  僕の世界は、そんなに綺麗なものなんかじゃ、なかったから。 「怖いの?」 「桜の木の下には死体が埋まっているって言うだろう?」 「それを言うなら、安吾でしょ」 「ああ。もう満開になっているか。そうだな。安吾だな」 「ね。おんぶして頂戴?」  君は笑う。  くじいてもいない足を、やけに痛そうに擦って、笑う。 「僕がここで君をおんぶするってか?」 「私はこんな淋しいところに一っときもジッとしていられないヨ。お前のうちのあるところまで一っときも休まず急いでおくれ。さもないと、私はお前の女房になってやらないよ。私にこんな淋しい思いをさせるなら、私は舌を噛んで死んでしまうから」  坂口安吾、桜の森の満開の下、だった。  変なことは良く憶えている。  君は、自分の興味があることにしか、興味を持たない。  全く、君の世界は君の興味でしか動かない。  ただ頭が良いだけの僕には、完璧な世界(パーフェクトワールド)は遠い。  遠くて、憧れる。  君が望めば、僕は山賊にだってなれるのだけれど。 「よしよし。分った。お前のたのみはなんでもきいてやろう」  山賊はこの美しい女房を相手に未来のたのしみを考えて、とけるような幸福を感じる。  こんなに気が合って、食べ物の好みも近い、話題が合う。  相性が良い、全てにおいて完璧な二人。 「桜、綺麗」 「そうなのかも、しれないな」  僕達は鬼だ。  とても幸せで、それでいて狂った、完璧な世界で生きる、鬼。
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