1、この頭は遥かなミサキの夢を見る

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 あの病院での連行の、その後。  佐伯細は警察の事情聴取で、完全黙秘を貫いた。  コウちゃんこと締張鶴 後楽園(しめはりつるこうらくえん)もまた完全黙秘を貫いた。  そのため、全ては 『佐伯細と締張鶴後楽園の痴情の縺れによる致傷事件』  として片付けられたと聞いている。  伊月柩は自殺のまま。  佐伯細は、誰も殺さなかった。  そういうことになっている。  僕等五人、誰もが締張鶴や佐伯細の悪行について黙った。  これからの僕等を害さない確約は取れていたからだ。 『警察の方にお話しすることなど、一介の善良な小市民の高校生たる私たちには御座いません』  山鳥がそう一言だけ告げたら、県警の人間は何も言えない。  この土地では、そういう不文律がある。  だから全てはこれで終わりだ。  ここからは僕の想像という、これから発生する事象の説明だが。  締張鶴後楽園による児童養護施設関係者の殺人もまた、証拠不十分で不起訴となるのだろう。  相当なヘマをやらかさなければ、そうなる。  何せ、僕が知る限り、二人の施設関係者は自殺者として葬られている。  一旦そうなっていたものを覆す労力を割く人間がいない。  山鳥は土地を転がすので忙しい。  麒麟もミサキへの恋慕で忙しい。  ミサキは日々の自殺未遂で忙しい。  僕はこのゲームで忙しい。  札幌にはその準備がある。  佐伯細は彼が裁かれない未来を望んでいる。  無言を貫いたということは、つまりそういうことだ。  検察が動くかと言えば、過去の判断を揺るがすための材料が既に失われている。  動く可能性はとても低い。  法の力が裁けないなら、彼の身を裁くのは彼自身。 『罪を償ったら』  札幌の話だと、彼はそう叫んだという。  殺人鬼の安堵は介在していなかった、とも。  復讐の殺人鬼、コウちゃんは死んだ。  この愚かなゲームマスターがそう判断したのなら、僕の判断もそれに準じるだけだ。  僕は人を見る目がないが、人の力量を測る目はある。  札幌は肝心な匙加減だけは見間違えない。  僕はその点でのみ札幌に全幅の信頼を寄せている。 「いいえ。長いです。仏教での審判は一週間毎にありますよ」 「お前は誰からも嫌われる独善タイプだな」 「ええ。そう来なくては、面白くありませんからね」 「………」
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