Kill(着る)

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   霧生、長い指でまち針を刺していく。刺しながら店内の様子を観察する。 霧生の声「問題は誰を殺すかだ。優良顧客でも、自宅に訪問して御用聞きをする 外商員が付いて頻繁に出入りしている客はまずい。外商を付けない、一度に何 十万も購入する客で一人暮らし。家族や親せきとは疎遠で、近所づきあいもほ とんどない老人……」    霧生、客を観察する。別布に接客されている大きな石のネックレスを付け   た老婆、麻田に大きな紙袋を渡されて帰って行く老婆。麻田、「ありがと   うございました」と頭を下げている。 外表「ねえ!店長!この子、どうしたの?さっきのパッとしない子と入れ替える の?」    麻田、にこやかに外表に近づく。 麻田「今月から配属になった霧生です。光橋物産を辞めて銀坂(うち)に入社した んですよ」 霧生「霧生奏です。よろしくお願いします」 外表「あなた、色っぽい手してるのねぇ」    外表、媚びを売るような顔で霧生の手を取る。 外表「何でも器用にできそうな手ねえ」 霧生「ありがとうございます」 霧生の声「勿論、殺し(何)でも器用にやってみせますよ」    霧生、外表を見上げて微笑む。 ○百貨店・事務所(夜)    誰もいない事務所。明りが消えた部屋で、霧生が一人パソコンを見てい    る。パソコンの明りに浮かび上がる霧生の顔。    パソコンには、顧客の顔写真と情報が写っている。外表の写真と情報。 霧生の声「外表美化子。七八歳。北区青井町3丁目。マルチまがいの化粧品販売 会社で財を成し、今は人に任せて会長職に退いている。犬一匹と暮らす。去年 までは、孫ほどの年のピアノ講師の男と暮らしていたが男は逃げて行った。半 世紀ほど前に別れた夫は消息不明……」    エンターキーを押す。牟田の写真と情報が出て来る。 霧生の声「牟田てい子。八三歳。中央区柳町五の一の二。担当外商員無し。都内 に幾つものマンションを所有し、その賃貸料で生計を立てている。夫は経営し ていた会社を引退した直後、突然、女と一緒に蒸発。子供はなく一人暮らし。 北海道に住む妹は痴呆状態で姉のことを理解できない。週に一度、病院帰りに 百貨店に寄る。気難しく面識のない販売員の接客を嫌う……」    霧生、腕を組んで画面を睨む。 霧生「どうしたの?」    振り向かずに言う霧生。    入口で何かにつまづく音。
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