Kill(着る)

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○百貨店・店内・大きな鏡の前    鏡の前でベルベットのドレスを着ている牟田。ムッとした顔で鏡を睨んで   いる。痩せすぎで小柄の牟田にはドレスが大きすぎて不似合い。麻田と別   布、腕にピンクッションを付け、二人がかりで長い袖や丈、肩幅などを手   早く詰めてまち針を打っている。 麻田「パリの外人さん用だから、ちょっと大きいけど、袖と丈を詰めたらやっぱ り、牟田さんに似合うわ」 別布「牟田さんみたいなスリムな方が着ると映えますねえ、店長?」 麻田「そうよ。こういうデザインを着こなせる人ってなかなか日本人じゃいない んだから」    霧生、服を畳みながらうかがう。 霧生の声「サイズの合わない服を着せ、素早く袖、肩、脇とありとあらゆる箇所 を詰めてあたかも客にピッタリであるかのように見せる。そして、二人がかり で取り囲んで誉めたてる。一人では説得力がなくても、二人に言われると人は その気になる……」    霧生、こっそり愉快そうに笑う。 霧生の声「まだ買うとも言っていないのに、そこまでされると客はもう買わなく てはいけないような気になって来る。ホント、よくできてるよ」 麻田「いいわぁ。やっぱり牟田さんにお取り置きしておいてよかったわ」 牟田「幾らなの」 麻田「本来は八十五万円ですけど、今回のことがありましたから、特別八十三万 円にさせていただきますよ」 牟田「八十三万も持ってないよ」 麻田「じゃあ、私がお詫びに二万払うから、八十一万でどうかしら?」 牟田「八十一万ねえ。これが」 麻田「一着持っておけば便利よ。こういう風に上着を着て光沢を隠したらお通夜 くらいなら着ていけるわよ」 牟田の声「そうだ。あの男が死にそうだったんだ」    牟田、ムッとした顔を崩して満更でもなさそうにドレスの袖を触る。 霧生「!?」    霧生、牟田の表情の変化に気づく。 牟田「分かったわよ。今度、針が刺さってたら警察行くからね!」    牟田、バッグからカードを取り出し麻田に渡す。 麻田「ありがとうございます」    霧生、服を畳みながら見ている。
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