十こ目 忠義を尽くす信奉者

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……幻覚だろうか、妄想だろうか。 目の前に、両目がない男が立っていた。 むき出しにした額に、髪は一つ結びで、黒い羽織袴を着ている。 年齢は四十代くらいだろうか。 肌が青白く、両眼窩が真っ暗な空洞になっているが、若々しく整った顔立ちをしている。 かたわらには、右目がない馬もいた。 「私の名は、鎌倉権五郎景政だ」 男はそう名乗った。 目の前に、景政公がいる。 鎌倉権五郎景政は、私が特に憧れていた武将だ。 なぜ彼が、ここにいるのだろうかと疑問に感じたが、上空をふと見た時、私は驚いて目を見開いた。 上空の暗闇に、一つの巨大な目玉が浮かんでいたからだ。 その巨大な目玉は、私のことをじっと見ていた。 さっきから、ずっと見ていたのだろうか。 私は慌てて上空から目をそらし、景政公の顔を見た。 そして、動揺を心の中で抑え込みつつ、彼のことを考えた。 私が知っている歴史の知識をたどれば、確か鎌倉権五郎景政には右目がないが、左目はあったはずだ。 なぜ今の彼には、左目がないのだろうか。 その疑問を見透かしたように、彼は静かに語り始めた。 彼は、寺の墓場で横たわっていた、両目がない私のことを見つけたのだという。 その姿を哀れに思い、自らの左目を私の左眼窩にはめたと言った。 私は改めて、両目がない彼の顔を見た。 その顔を見て、目がまったく見えなかった母を思い出した。 景政公は、自らの左目を私の左眼窩にはめたことにより、目が見えなくなってしまったのだ。 何ということだろうか。 自身の体を犠牲にしてまで助けてくれたことに対し、申し訳ないと私は言った。 それに対して景政公は、たいしたことではないと言うと、続けて、自身の過去を静かな口調で語り始めた。
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