第1章

3/8
前へ
/8ページ
次へ
 朝、目が覚めるとお母さんは部屋で寝ている。適当にパンとサラダ、本当にてきとうな日はバナナだけで家を出る。学校は楽しい。何の気兼ねなく遊べるし、それに寂しくない。  ある日、体育の授業で私は男の子が投げたボールが頭にぶつかり、打ち所が悪かったのか倒れてしまった。保健室で休んでいると、保健室の先生が家や母の携帯に電話を掛けてくれていた。しかし仕事が忙しいお母さんは多分、出なかったのだろう。担任の先生が代わりにやって来てくれた。 「森岡さん、大丈夫?」  そう聞く先生の声があまりに優しくて、私は思わず泣きそうになったのだ。自分のことを心配してくれる人がいるんだ。とてつもなく救われ、心が浄化された気持ちだった。私がそんな気持ちに浸っている間、ぼうっとしていたのだろう。先生が怪訝な表情をしてくる。 「あ。大丈夫です。ご心配させてすみません」  先生と保健室の先生は少し困ったような顔を互いに向けた。何か、いけないことでもあったのかな。すると保健室の先生が、 「そんなこと言わなくて良いのよ。今は休んでいてね」  と膝を折って、下頬をたるませながら言った。それから、少し間を置いて 「今、ご家族の方に連絡を取っているんだけど、まだ取れていないの。だからもう少し保健室で休んでいってね」  それから、お母さんは電話に出てくれたらしいが、やはり仕事で忙しく学校に迎えに来てはくれなかった。結局、みんなより少し早い時間に早退することになった。靴箱まで先生と一緒に行き、「さよなら」と言おうとした時、先生がポケットの中から金色の紙の小さい、四角いものをくれた。 「はい。チョコレート。お家に帰ってから食べてね」  と優しく渡してくれた。 「気をつけてね。明日、また元気に遊びましょうね」  はい、と震えそうになる声で言うことしか出来なった。先生に背を向けて歩き出す。校舎を出る時に、振り返ると先生はまだそこにいて手を振っていった。私もぎこちなく笑って手を振り返した。それから私の目には少しずつ、涙が流れてきた。別に悲しくないのに。悲しくないのに涙が出てくるなんて変だ。早足で校門をくぐり抜ける。人通りの少ない通学路で良かった。誰にも邪魔されずに泣ける。先生の言うことを無視して、金色の包み紙を不器用に開けて、チョコレートを口に突っ込んでみる。溶けかかったチョコが、口中に広がる。甘い。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加