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差し出されたその手には。
天使の羽がのせられていた。
☆ ☆ ☆
私は、うずくまって膝を抱えていた。
渋谷にある大きなコンサートホールの前の広場。
並ぶ人をさけた壁際に。
うずくまって膝を抱えていた。
周りはコンサートのために着飾った人ばかりだというのに。
私は部屋着を着たままだった。
白い木綿でできているワンピース。
抱え込んだ膝をすっぽり包み込んだスカート裾は三段切り替え。
首回りや裾にはフリル。
一見、ロリータ風に見えるそのワンピースのおかげで周りの人たちからはそんなに浮いていない。
それでも、よそ行きの服で着飾った人たちと私は違う。
彼女たちは、今日、ここで行われるビジュアル系ロックバンドのライブを見に来た人たち。
バンドの話題を口にしながら待ち合わせをしていたり、会場に入るための列に並んでいたりする。
うずくまって膝を抱えて顔をうずめていても聞こえてくる楽し気な言葉。
伝わって来る幸せそうな雰囲気。
その中。
私だけが暗く深く沈んでいる。
涙を流してはいなかった。
もう泣くことにも疲れてしまった。
泣いていても誰も助けに来ない。
そんなことはとっくの昔に分っていたから。
私は、家をこっそりと抜け出し、ここにやってきた。
ここでコンサートをやっているバンドが好きだった。
でも、当日券がある訳がなかった。
高いダフ屋のチケットを買う気にもなれなかった。
私は、力尽きてしまった。
他に行くところも思いつかなかった。
だから、うずくまっていた。
顔を伏せて、周りを見ないようにして。
気が付くと周りが静かになっていた。
建物の中から歓声が聞こえる。
コンサートが始まったんだ。
それでも、私は動けなくて、じっとうずくまっていた。
どれぐらいそうしていただろう。
夜空から声が降ってきた。
「どうしたの?」
なぜ、その声に顔をあげてしまったんだろう。
ナンパされてもおかしくない場所だから無視をすればとかったのに。
でも、その声は汚れた地上ではなく、どこか高い綺麗なところから降って来た。
顔をあげると。
きらきら光る茶髪が天使の輪を作っていた。
かすかに微笑んだ天使が差し出した手のひらには。
私のための天使の羽がのせられていた。
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