星降る夜の夢

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私はあの夜を思い出す度にその事を考えてしまう。 つまり、あの夜から私の記憶の上書きが繰り返されているだけではないのかと。 しかし、今こうして我が家のバルコニーから眺める向かいの山の緩やかな斜面に映える様々な緑、また季節によって全く別の顔を見せる自然の草花、その色彩の美しさ、更にはその山の向こう側へと暮れてゆく夕陽、瞬く星空の優しさ、こうした一切が誰の記憶で有ろうが無かろうが無用な悩みであると知らせてくれる。 「あなた」 振り返ると、妻が直ぐ後ろに立っている 「はい、どうぞ」 嬉しそうにグラスを渡して来る 「乾杯しましょ」 見ればもう1つグラスを持っている 「バーボン水割り、あなたのちょっと濃い目」 「おっ、いいねぇ、子供達は?」 「もう夢の中よ」 「みんな夢の中…か…」 「まあ、キレイな星空ね」 「うん、じゃあこの夢の様な星空に乾杯しようか 」 「OK、ロマンティック」 仰ぎ見れば正に満天の星空 今にも降って来そうな無数の煌めく星々 そして夜空は果てしなく透き徹り、その深さに吸い込まれそうになる 「もしもこの星空も何もかもが誰かの夢だったらどうする?」私は思わず訊いてしまった「僕も君もその夢の中に居るのだとしたら?」 「何もかもがってことは」妻は意外にも真剣に考えている「あなたも子供達も私自身も夢?」 私は黙ったまま頷いた。 妻も無言のまま暫く考えている。 いつになく表情が険しい。 暫く考え込んだかと思うと私の横から三歩四歩と遠ざかって行く。 そして「私は別に」と言いながら振り返ると「夢なら夢でかまわないよ」いつもの笑顔で続けて言って来た。 「え、どうして?」私は思わず聞き返した 「その誰かの夢がずっと覚めなきゃいいんでしょ?」妻は普段通り明るく茶目っ気混じりに応えて来る 「まぁ、そうだけどね」 「じゃあ、大丈夫よ、覚める訳ないわ」 降りそそぐ星の光に妻の笑顔が映える その笑顔を見たら私には彼女の言いたい事が分かった様な気がした 「どうして?」私は妻に聞く その答えは君の言葉で聞かせて… 「いつまでも見ていたいに決まってるわ」 見上げる星々が優しく瞬く 「だってこんなに素敵な夢だもの…」                                        了
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