星降る夜の夢

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呼び止められて、振り返るとそこには見知らぬ初老の男が立っていた。 いや、正確に言えば見知らぬ訳ではなく、顔は見覚えがあるのだが何処の誰であるか素性を知らない初老の男と言うことになる。 毎朝、同じ時間の電車に乗って職場に行っては、毎夕同じ時間の電車でこの駅に戻って来る。 更に同じ時間にこの商店街を通り抜けて、角の食堂の同じ席でビール1本飲みながら夕食を済ます。 寝る前に気が向けばアパートの狭いベランダに出て、星空を見上げながら学生時代より続けている唯一の趣味である短歌を詠む。 若さの欠片もない何とも地味なこれが私の一日である。 決まった一定のリズムでの生活を長年繰り返していれば、何処の誰か素性は知らなくてもお互いに顔だけは見て知っていると言う相手が少しずつではあるものの増えて来る。 そしてある日突然その中の一人に呼び止められたとしても、驚く事ではなかった。 用件は何だろうかと考えたが、年齢、風体から察するとセールスではなさそうだ。 怪しげな団体への勧誘か? いずれにせよ、私である必要はない筈だ。 私は視線を外すと歩き始めた。 「おやおや、知らん振りですか」男はそう言いながら近付いて来る 雑踏の中を歩く事に慣れているのか、殆んど避ける仕草を見せないのだがぶつかりそうでぶつからない、摩可不思議な歩き方で気が付いた時には、足早に立ち去ろうとした私の直ぐ横を歩いている。 「何処かでお目にかかりましたかね?」私は仕方なく尋ねた 「いいえ、あなたとは今宵が初めてですよ」意外としっかりとした口調で応えて来る 「私とは初めて?その言い方だと複数の人に声を掛けている様ですね。何かの勧誘ですか?」私は無遠慮に続けて尋ねてみた 「あなたの世界ではあなたにしか声を掛ける事はしないと思います」案の定男の言葉が怪しさを帯びて来た 「私の世界?一体何の事やら分かりかねますが」私は立ち止まって言った 「それはそうでしょうな、失礼いたしました。ただあなたがどんな方なのか気になったものですから」 私はこれ以上の会話は避けた方が無難だと判断して「ではこれで」と言うとその男に背を向ける様に踵を返して再び歩き始めた。 「吾やがて 目覚め消ゆるは 一夜星 夢の記憶を 余白に記し」 背中の方から聞こえて来たのは以前、私が詠んだ短歌だった。 「立ち話も何ですから、一杯どうですか?」    立ち止まり、振り向いた私に男はそう言って笑った。        
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