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「なんだ、そうだったんですか」私はそう言うとカウンター越しにビールの追加を頼んだ「でも久葉野さんも意地悪だなぁ、最初に名乗ってくれればあんな失礼な態度を取らずに済んだのに」
男は久葉野(くばの)と名乗り、駅前の区民センターで週に1回活動している短歌サークルに最近入った者だと言って来た。
私はそのサークルに入会して3年が過ぎるところである。
しかし、高齢者の会員が増えるにつれ次第に素人の同好会然とした集まりとなって行き、それが肌に合わずもうかれこれ1年近く顔を出していなかった。
ここのところ仕事の方が忙がしくて短歌会へは足が遠退いてしまっていると私が言い訳がましく言うと、「作品は沢山読ませて頂きました」と丁寧に応えて来る。
いざ話して見れば礼儀正しい紳士である。
「いやぁ、あなたの作品は実にいい」久葉野氏は酒が進むにつれて饒舌になって行った「特に『夢』に関する歌が気に入りましたよ」
私も久しぶりに気持ち良く酔っていた。
「そうですか『夢』は私の一番のテーマですからね」そう言うと私は更にビールを追加オーダーした
「分かります。実は私の詠む歌も『夢』を題材にしたものが多いんですよ」久葉野氏が言って来る「いや殆んどが夢の歌と言っても過言ではないと思います」
「偶然ですね、あなたとは話が合いそうだ」と言うと私はビールをすすめた
「あ、これはどうもすみません」久葉野氏の表情が酔いから醒めて真顔になると続け様に「私の歌は全てが実体験を詠んだものなんです」と言った
「夢の実体験を詠んだ短歌ですか?」私はその意味が分からないまま応えた「そいつはいい、是非拝読したい」
「いいですとも」久葉野氏は嬉しそうに言う「但しその前に夢の実体験について少しお話させて下さい」
私はその実体験がどう言うものなのか俄に気になって来た。
そこで勿論その話も聞かせて欲しいと私が応えると初老の素人歌人は更に相好を崩して徐ろに自らの体験談を話し始めた。
その様子は好々爺そのものの様に思われたのだが、話の内容は私の想像を遥かに超えるものだった。
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