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それは今どきにしては珍しい大学ノートだった。
更によく見ると表紙が日光に焼けて赤茶けており、その事が過ぎて行った月日の長さを物語っている様に思われた。
そしてその瞬間、私の頭の中には漠然とはしているものの若き日の久葉野氏のイメージが勝手に出来上がっていた。
それを現在の本人に重ね合わせてみる。
過ぎた日々へのオマージュは程度の差こそあるものの誰もが持つ共通の感性であり、従って他者のその類いのものに対して抱く敬意まで含めて人の持つ自然な感情と言う事が出来る。
その様な厳かな気分になったせいか、私の酔いも醒めて行った。
私は久葉野氏に軽く会釈をした後「拝見します」と一言断った上で、そのノートを手に取った。
そこが聖域であると信じ私なりに清らかで汚れない心に立ち返って開いた久葉野氏の大学ノートであるが、その内容は全く別次元ものであった。
私は何度も読み返してみた。
その黄変したページに乾き切った万年筆のインクで記された数々の短歌、その殆んどが記憶に残っていた。
繰り返し読む裡に思い出すものもあった。
間違いない、間違えようがない。
そのノートに記された短歌は全て若き日の私自身が詠んだものであった。
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