7人が本棚に入れています
本棚に追加
あの夜から瞬く間に20年と言う年月が流れて行った。
こうして思い返せばあの出来事こそが夢だった様な気がする。
私は当時住んでいたアパートを直ぐに引き払い街を出て行った。
それから二度ほど引っ越しを繰り返した後に私は現在、郊外の分譲マンションに居を構えている。
都心からは随分と離れてしまったものの、そのバルコニーからの景観が気に入っての購入となった。
そう、これが真面目にこつこつと雨が降ろうが風が吹こうが来る日も来る日も同じ電車に揺られ働き続けた私の身の丈に合った「夢のマイホーム」である。
山の斜面の形状を利用して建てられたこのマンションの特色は広いバルコニーで、各階のバルコニーの最先端即ち手すりの位置が下の階のバルコニーの最後尾即ち部屋との境目の位置となる。
要するにどの階のバルコニーも頭の上には空が広がっていると言う造りだ。
どんなに都心から離れようと私の生活のリズムは乱れる事もなく、相変わらず家と職場の行ったり来たりの日々である。
但し通勤に要する時間は大きく変わった。
以前は20分ほど電車に揺られていればよかったのだが、今ではそれが約1時間前後にまで延びてしまった。
しかしこれは私には殆んど苦でもなく三日もしない裡に慣れてしまった。
そして、まだ他にも大きく変わったものがある。
この20年の間に私はある女性と恋に落ちてそのまま結婚、一男一女の父親になっていた。
私は慎ましやかでほんの小さな幸せを手に入れていたのだ。
もしもあの夜の久葉野氏が約束を守ってくれてたのならば、この20年の記憶を彼がプレゼントしてくれた事になる。
そして20年前のあの夜ではなく、今もあの夜が続いていると言う事になる。
最初のコメントを投稿しよう!