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携帯の画面に映っていたのは彰人だった。私は画面に文句を言う。
「彰人の馬鹿。今日は何の日か分かってる?」
携帯から彰人の声がする。
「今日は……いや、0時になったから、昨日か」
「なに呑気に言ってるの」
「ごめん。仕事が忙しくて」
「毎年忘れて」
「毎年ごめん。来年は覚えておくから」
「次、忘れたら許してあげないから」
「来年はちゃんとレストランも予約する。約束するから機嫌直して」
私は黙った。
「この留守電を聞いて、機嫌直ったらまた連絡して。待ってるから」
――メッセージの再生が終わった。私は涙をぬぐってまた再生させる。
「今日は……いや、0時になったから、昨日か……」
彰人が行方不明になってから何度も聞き直したメッセージ。
今日はあの日と同じ結婚記念日。祝ってくれるって言ったのに。
彰人が行方不明になったのはこの電話の半年後、唯一の趣味といっていい登山中の滑落事故だった。彰人は発見されていない。
生きているのか、死んでいるのか……。けれど私はいつまでも彰人を待つつもりだ。
家の電話が鳴った。
「もしもし……。はい、渡瀬理央本人です。……はい。………はい。有難うございます」
電話を切り、携帯に写る彰人に話しかける。
「こんな奇跡ってあるんだね……。ひとりずっと病院に居たんだってね。待ってて、会いに行くから」
リビングのドアが開いた。
「お母さん、なんでないているの?」電話の音で起きたらしい。パジャマ姿で目をこすりながら言う。
私は2歳になる息子を抱っこした。
「洸、お父さんに会えるよ」
「ほんとう?」洸は、はしゃいだように言った。
彰人が生きていたことが嬉しかった。それにこの子が初めて父親に会えるのが嬉しかった。
私達は意識が回復し、身元が判明した彰人の元へ向かった。
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