不透明人間

3/11
9人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
「今日のお兄ちゃん変だよ!」 後方からドタドタと慌ただしい足音が聞こえた。妹が駆け寄って来たのだろうか。そして指摘された。自分の異常さを。天使の声が言うように、今日の俺は変なのだ。 今日の始まりは、いたって順風満帆。思い通りに、悪く言えば、普段と何ら変わりない鬱屈から始まった。月曜日の朝はどうにも好きになれない。 掛け布団をはね除け、ボサボサに乱れた寝癖だらけの頭を二、三度掻き、リビングへと向かった。その先で朝食を頬張る妹を拝見するのが、朝における唯一の有意義だが、今日はその姿を拝むことはできず、有意義を剥奪された俺は、自堕落な朝を過ごした。 その時、僅かではあるが、異変を感じ取っていた。しかし妹の言うように、己が変なのではなく、それは全くもって逆のことで、家族が変なのだと思い込んでいた。 我が家における朝の構図は、妹が食卓に居り、母が流し台で皿洗いをし、ついでに姉が食卓に居るというのが常である。 その構図は何一つとして実現していなかったのだから、家族に違和感を抱くのは無理もないだろう。そこで自分の異常さを疑ってしまうくらいに、己を信じられないと言うのなら、いくらシスコンの変態とはいえ、流石に俺が可哀想だ。 しかしながら、家族が全員早く家を出るという可能性が、皆無という訳でもない。だから抱いた違和感も、ほんの些細なものだったのだ。 そして現在になってやっと、この逸脱した状況を把握したのである。今の俺は、人の姿を視認する事ができない。そして車も見えないらしい。 その事を妹に、順を追って説明すると彼女は 「……お兄ちゃんを一人にしておけない。私も学校お休みする」 等と言いだした。俺は胸を打たれつつ、ハートの矢で撃たれつつ、こんな事でお前を休ませる訳にはいかないと、心を完全に殺して拒否したのだが、妹が引き下がる事は無かった。これが女神か。 「とりあえず病院に行こう。私と一緒に行けば安全でしょ?」 「そうだな。何かおかしな病気に罹ってしまったのかもしれないしな」 そう言って俺は右手を差し出した。 「お兄ちゃん、その右手は何?」 「何って、手を引っ張って貰わないと危ないだろう?車が見えないんだから」 「……シスコンお兄ちゃん」 妹の指が俺のそれの間に割り込み、か弱い力で握りしめられるのを感じた。何故恋人繋ぎなんだ。最高だ。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!