不透明人間

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夢の中。普段は何も考えられなくなるのだが、何故か今だけは妙に頭が冴えていた。 『アンタは大事なことが見えていない!』 これは……先日あった姉との喧嘩だろうか。姉の声が頭の中心から全身に響く。 『姉貴の言う大事なことって何だよ!大事なのは夢だろ!希望だろ!夢を追い続けて何が悪いんだ!』 そうだ。俺には諦めきれない夢がある。東京でバンドをやって、売れて、有名になることだ。憧れのロックンローラーになることだ。それを否定された気がして喧嘩になったのだ。 こんな話をすると、馬鹿馬鹿しいと笑われてしまうかもしれない。狭き門だということも十分に承知している。でも、俺は夢を見続けたい。それを否定する権利なんて、誰にも無いはずじゃないか。 『違う!私が言いたいのは……!』 プツン。そんな異音を発して、姉の言葉は止まってしまった。この言葉の続きは……。 なんでこんな夢を見るんだろう。まさかこの他愛ない喧嘩が、俺を不透明人間にした引き金なのか?一考の余地はありそうだ。 『『人』と『人を覆っている物』が見えないんじゃないかな?』 これは妹の推理だ。しかし、俺はどこかに引っかかりを感じていた。どこだ……? 『踏切を通り過ぎる電車を呑気に眺めている俺に、妹は語りかけた』 そうだ。病院からの帰り道、俺には電車が見えていた。密着度の関係で見えていただけなのか、あるいは……。 『自転車?すれ違ったのか?いつ?どこで?』 何故あの時思い付かなかった。人間を覆っていない、走行中の自転車が見えていなかったんだ。
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